記憶の関連付けって面白い。


仮に五感のどこか一つが欠けていても
一つでも生きていれば関連付けができる。


ただこれが無意識にされることが多いから
恐ろしいこと、恐ろしいこと。


紐解く


みんながこれをできれば良いけど
それをほとんど教えてもらえないまま
受け入れることだけを体得して育つからね。


音楽はその点
紐解くにはちょうどいい要素となる。


好きなバンド、好きな曲。


TVを見ていたら
すっごい若い子が尾崎豊が好きだと言っていた。


結局、
どこで耳に入ってきたとしても
何かのキーワードが引き金となって
記憶を呼び覚ます。


たどっていくと


・同じような経験があったり
・共感できる思いがあったり
・環境、境遇に自分を重ね合わせたり


なんてことが見えてくる。


私なんて


スガシカオさん
ゲスの極み乙女。
サカナクション


どこか世界を斜めから見てる。


Fishmans
ピチカートファイブ


時代を超えても
伝説&オサレですが
独自の感覚で世界を作ってる。
(もはやワンダーランドさ。)


悔しいかな
キーワードでふっと表面化する
関連付けされてる記憶。


9・11がアメリカのテロ
3・11が震災なら


11・6は私にとっては
どうにもならない日。
忙しさで忘れてたけど
Wの命日。
同じ死に方で。


相変わらず楽器はふけても
オーケストラはいいとして
吹奏楽を見に行くことができない。


記憶はいつだって
思い出したてが新鮮で
いつだって昨日みたいなもんで
カメラアイは良し悪しなのである。



悲惨だとかという話ではなく
記憶ってのが関連付けできるなら
逆を言えばいとも簡単に
関連づけ・・・物事のとらえ方なんか
簡単にどうにでもなるということ。



世の中当たり前にこんな事例は増えていて
私と似た境遇の人はいーーーっぱいいる。


でも延々と苦しむ人もいれば
こうやって解からないから仕方ないし
そういうこともあるもんだーと
進んでく人間もたくさんいる。



どうにも気持ちが耐えられない人は
社会に仮想敵でも作って
しばらく過ごせばいいと思うし
それは悪いことではないとも思う。


大概、
病む
のはまともな人間だったりする。


まともな人間じゃないから
情報過多社会で鈍く生きられるもんだったりする。


そんなんだったら
記憶からしばらく距離を置けばいいわけで
自分せめても、
嫌な記憶の登場人物をせめても
なにも変わらないわけで。


過去と戦うとか
疲れるだけだしね。


形ないものに
どんな武器を用いても振り回しても
負かせるわけないんだから。


振り回した武器で
自分を傷つけてなんになる。


戦う自分に酔う人はたくさんいる。
戦うなら


今と戦え。


今を嫌な記憶にしたら
明日また嫌な過去を
一つ背負うことになるからさ。


過去がどうにかなるなら
タイムマシンを誰かが開発したら
それに乗っていけばよろし。

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