こんばんわ。

セールスコピーライター・なべまきです。
来年に向けて、実現することを整理中です。


整理する、という意味で
本日は自分の身に起きたことが
ひと段落した日となりました。


11月に父が急死し、
私事に関しても
仕事に関しても
ターニングポイントとなりました。


11月というのは
相性がいいのか悪いのか。


うちの父の死因も珍しくありません。
日本の死因でこれから3大疾病レベルで
ランクインしてくると思います。


死因は窒息死、です。
自殺、です。


かれこれ5年、
メニエール病をきっかけに、
精神に病を発症しました。


病院の医師が本人を目の前に
「あー、この病気きっかけで欝になって
自殺する人も多いからね。」
と平気で吐き捨てられる環境の中で
本人もよく頑張ったと思います。


自分の家族のことをネタにするのは
モラル的にどうなの?
という嫌悪感を示される方も多いかと思います。


しかしながら、
事故処理をしてる最中、
マジマジと覗きに来る輩が当たり前におり、
どっちがマトモか?と言われたら
どっちもマトモではないかもしれません。


実際に、
死因を聞いてこられる方も多いため、
説明で嘘をつくのも面倒になったので
あえて公開させていただきました。


家族内では
「安楽死」
と解釈しています。


実を言うと、
こういう形で大事な方を
失ってしまうのは二回目です。


19年前の11月にも
大きなターニングポイントがあり、
しばらく自分の中の
ダークサイドと向き合う時期が続きました。


それゆえ、父親には
病気で大変だろうことは知りつつ、
「同じ思いを二度としたくないから
それだけはやめてほしい。」
と伝えたこともあります。


二回経験した上で、
三回目は絶対に経験したくない。
自分の周りで出て欲しくない。
心底そう感じています。


なので仏前にて
「わりーーーけど、書くよ?(苦笑)」
と父に断りを入れてきた上で書いています。


過去、そして現在こういった経験をして
私はどこかが欠如している?とも思えるし、
欠如じゃないとしたら、
「死ぬ」ってことが絶対起こることだと
受け入れているだけの気もしてます。


1回目の経験の時は、
生きてることと死んでることの差が
よくわからなくなり感情に蓋をし、
大事だと思える人を作らない、
ということでしか自分を保てませんでした。


それくらい、
大事な人がいなくなるというのは
「恐怖」
でした。


父においては相性がよかった、
とは言えませんが
余計なことも言わない代わりに
バカにされたことも一切ないし、
「お前はバカじゃないのに、何やってんだ」
と弁護士にお世話になった際は
泣かしてしまったこともあります。


父なりの期待の中で育ててもらいました。
いざ居なくなってみれば、変な感じです。


強そうに見せ、弱音やカッコ悪いところは
絶対見せたくないくせに、
神経質、極度の心配症、
気になると言わずにいられないから最後には喧嘩・・・
だったのに、
この先喧嘩もできないと思うと変なワケです。


と思ったら
当たり前に日常なんてものはなく、
当たり前に生きてるなんてこともなく、
むしろ人は当たり前に「死ぬ」ってことを
感じながら生きないとなのだなーと
今回の経験で強く感じました。


これは母親、妹、私という
実際の家族にしかわかりませんが、
父が亡くなるというのは
生きる上でのチャンスとなりました。


「時間を残したい」
というニュアンスのことを
母にここ数ヵ月伝えていたそうで
父親が残してくれた最大の遺産だと思っています。


お金にも細かった父親らしく、
時は金なり、ってことを
常々考えていたのだろうと思います。


49日を過ごして、
時間の過ごし方や将来を作る、
ということに対して認識が
毎日のように変わっていきました。


だから今回書く事を決意した、
ってだけの話です。


昨日までは書こうとすると・・・
「消されてしまう」ことばかりでw
いろいろ済んだ今日は消されないため
本人的にもオッケのようです(笑)


裏ブログ、またはアメンバー限定で
書いていこうと思っています。


中には同じ経験を持ちながらも
癒えていない人も当然おり、
そういった方においては
傷つくだけのブログになるかな、
という懸念があるからです。


かなりのキレ記事を書くので、
ご興味がある方は
アメンバー登録だけしておいていただけると
いいかなと思います。


ということでご報告でした。
与えられた時間を有効に使うよう、
日々精進していきます。



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