古典派からロマン派まで脱線しつつ解説 | 晴れ時々涙

晴れ時々涙

有名私立小学校を経て中学入学を目前に12歳から、英国パブリックスクールにガチ入学の長男・次男・娘。その後ヨーロッパ医学部に進学した3人。高級3LDKのアパートで3人共同生活。笑って泣いて学費に追われながらも、車好き夫婦と犬3匹の楽しい奮闘記。

ヨーロッパ医学部の子供達。

音楽の都のど真ん中にいる地球ルンルン

クラッシックの聖地、

生オーケストラが聴き放題乙女のトキメキ

と言っても忙しくて

YouTubeだそうだが。

 

さて、先日姫ちゃんが、

シューベルトを聴いていると

ビデオ通話で言っていたもやもや

シューベルトちょっと心配ゲッソリ。。。

煮詰まっているのか?

 

作曲家は宮廷お抱えだったから、

締め切りがあったり、

戦争や戴冠式や、政治に絡んだ

作曲を強いられたり、

だから短命だったのだが・・・

ストレスの塊だったと思うよ。

ベートーベンはストレス性

難聴とも言われてたし。

煮詰まった時はみなお散歩したと

かつてドイツ語で読んだ。

 

心を沈めるのは古典派、

シューベルトなら初期の軽めの

ピアノがいいだろう。

間違っても交響曲へは走らないで!

 

古典派の

ハイドン(オーストリア)1732-1809

は弦楽四重奏が多くて

明るくとても素敵。

 

モーツァルト, W.A.(オーストリア)1756-1791

は5歳のキラキラ星変奏曲、

12 Variationen über ein französisches Lied 

"Ah, vous dirai-je, maman"

"Ah! vous dirai-je, maman"

下のフランス語の方が有名かな?

「ママこんなの出来たよ!」

から、晩年交響曲、協奏曲

ドイツ語初のオペラ魔笛

Die Zauberflöte。

徐々に重みが出て来た。

短命だったけれど。。。

 

同じくモーツァルトの中後期から

ベートーヴェン(ドイツ)1770-1827

協奏曲、交響曲を、バンバン書いた。

・Symphonie Nr. 3 in Es-Dur, Op. 55 „Eroica“

  „Eroica“ (英雄)

・Symphonie Nr. 5 in c-Moll, Op. 67

   „Schicksalssinfonie“(運命)

・Symphonie Nr. 6 in F-Dur, Op. 68

  „Pastoraie“ (田園)

・Symphonie Nr. 7 in F-Dur, Op. 92

・Symphonie Nr. 9 in d-Moll, Op. 125

  „Chorsinfonie“ (合唱)

 

始めはモーツァルトの影響が

顕著に現れていた。

1809年、ベートーヴェンは

イギリスのジョージ・トムソンから

スコットランドやアイルランド、

ウェールズなどの歌曲集の

編曲を請けおう。

 

ドボルザークとベートーヴェンは

オーケストラのオーディション

N響などの課題曲でもある。

もちろん全部暗譜で

どこが出るかわからない爆笑

 

7番は副題は無いけれど有名だね。

のだめカンタービレで大ブレイク。

 

 

姫ちゃんも大好きだが、

私が弾きすぎて飽きているかも。

 

第7番は1811年〜1812年にかけて作曲、

不滅の恋人であるアントーニアとの

愛の勝利を願って3曲セットの

交響曲の作曲を思いつき​​​​​、

交響曲第7番イ長調は中期の

3曲の交響曲の第4番変ロ長調と同様、

長い序奏からの、

ベートーヴェン自身の感情の

表出の音楽となっているウインク

 

1820年までに約170曲の

民謡による歌曲のピアノ、バイオリン、

チェロによる前奏、歌曲伴奏、

後奏の作曲を行っているびっくり

7番の第2楽章はベートーヴェンが

編曲を行ったアイルランド民謡

「どうすればこの愛を示せるのか」

WoO152-6の主題だがこの曲は、

ベートーヴェンが病床の

愛するアントーニアをお見舞いして、

隣室で弾いた慰めの音楽だと言われているラブラブ

ベートーヴェンはアントーニアと

イギリスに移住することを考えていたとか。

天涯孤独だと思っている人も多いけど・・・

 

初演は1813年12月8日

ウィーン大学講堂で

ハーナウ戦役傷病兵のための

救援資金調達慈善演奏会で

ベートーヴェン自身の指揮で初演され、

フンメルやサリエリ←モーツアルトに

勝手に嫉妬していた人

マイヤーベーアなどの作曲家も

演奏に加わり空前絶後の大成功ハートのバルーン乙女のトキメキ

その後プラハに戻り

シレジア地方のグレーツに行った。

 

でも、のだめの原作では3番の英雄なんだよね〜。

 

なぜドラマで7番になったか?

楽器編成は2管がベストなんです。

ベートーヴェン以降になると

有名な音楽の半分以上が3管編成になり、

技術的にも音楽的にも難しくなる。

ドラマ中の1週間という限られた期間

(原作では2週間)では、

絶対に無理な話だから、

設定上Sオケ落ちこぼれの集まりオケは、

2管編成である方がそれっぽく見える。

実際は音大生や音大卒のエキストラと、

プロのレコーディングだけれどね。

 

主人公の自由奔放を表す音楽が必要になるので

選択の範囲が狭くなり

ハイドン、モーツァルト、メンデルスゾーンの

全ての交響曲は、選考から外したのだろうアセアセ

シューベルトも無理だし

ブラームスも無理だろうえーん

 

「1〜2週間でなんとかなる」曲

と言う事でベートーヴェンが残ってしまう。
「なんとかなる」というのは、

「アマチュアでもサマになりやすい」おねがい
でもベートーヴェンの交響曲といっても、

「英雄」「田園」「合唱付」は、

当然除外される。

 

6番「田園」は簡単そうだが、

技術的、音楽的にすごく難しい。

そして落ち着いた雰囲気が強い音楽だ。

明るいが落ち着いていて

ノリノリにはなれない。

 

3番「英雄」は、熱血さは容易に

表現する事はでき、

のだめオケでも可能なくらい

演奏の難易度は高くないが、

地味で華がなくドラマにならない。

有名なフレーズはあるけれど

それ以外はね〜って感じ

 

そして9番「合唱付」の難しさ!

人数も必要だし・・・

長すぎてステージ上で居眠りもあり!

↑ステージで寝て隣の人に突かれた私。

 

タイトルがあるから、

簡単というわけではない。

残る6曲のうち、第1、2、4、8番は

名無しであるが全く映えない。

残るは「第5番」「第7番」

 

交響曲第5番「運命」は知名度があるが、

原作とドラマの雰囲気を

壊さないことを考えると、

明るい長調の曲を選ばないと。

第7の凄い強みは

「崇高」に言えば「舞踏の聖化」と言われ、

ぶっちゃけ「酔っ払いが作った音楽」

とまで批評された事。

 

全体を通しての躍動的なリズムと、

随所で魅せる爆発するかのような旋律、

それでこその第7番。

だから俳優たちが楽しくが踊るためには、

第7番をおいて、他には無かったのだろう。

印象を特定するような題名を持たず、

それでもクラシック音楽の王道に鎮座し、

覚えやすく口ずさめる曲なのである。

 

ここで注目すべきは、交響曲の難易度だ。
色々な作曲家が作った交響曲には

それぞれ難易度があるが、
アマチュアが時間を掛ければそれなりにできて、
演奏会などでよく選ばれる曲、

というのは限られている。
間違っても宗教改革や

シェーラザードなんかは難しすぎるし、
レベルの高いアマオケでやるオケはあるが散々だ。


Sオケ落ちこぼれ集合、

というストーリー上でも、
ここでは演奏が難しい選曲は

避けなければいけない。

アマオケのマニアックな人が

マーラーやシェーラザードをしても

「所詮アマチュア」で済むが、

一応「音大の中での落ちこぼれ」だから。

そうなってくると、必然と曲目は絞られてくる。
英雄(ベートーヴェンの3番)、
運命(ベートーヴェンの5番)、

ベートーヴェンの7番、
ブラームスの2番、

メンデルスゾーンの3番、
ドヴォルザークの8番、

あたりが適当だろう。

この中でどの曲が適当か、

ということを考えたとき、
のだめカンタービレという番組が、

アニメからの大衆ドラマというのが大切。

入り口はのだめでも、

クラシックに興味がある人を
一人でも増やす事もあったし

実際にバイオリンを習い始めた

人口は爆発的に増えた。
だからこそ主題曲は、耳に残りやすく、
また明るくポップな曲調であることが必要。

クラシックが一般的に持っているような、
暗い、眠い、怠重い、敷居が高い、

上品、格調とかよくわからない、
イメージを取り払わなければいけない。

そんな条件の交響曲は、
ベートーベン交響曲7番しかない。

英雄は重厚と格調そのものだし、運命は短調。
運命で始まるコメディードラマはあるけれどね。

アメリカのセントバーナードの映画

「ベートーベン」は5番の運命だよ。

普通はこの重い曲は使えないと思う。

 

 

我が家のワンコ名もベートーベン考えましたよ。

この映画全部「運命」を使っているが、

長調に編曲がしてあったり、

違う角度から見ると面白い。

犬を飼うのも「運命」!!


ブラームス交響曲2番、

メンデルスゾーン交響曲3番は

メロディーがとても綺麗で美しいけれど、

クラシック独特の眠怠く聞こえがちだし、
ドボルザーク8番に至っては、

クラシックを全く知らない人は敷居が高い。

撮影キャンパスも藝大のような

敷居の高い重い雰囲気ではなく

小学生もキャンパスを

ウロチョロする洗足を使ったのだろう。

 

因みにZARDの「負けないで」と

ベートーヴェン7番交響曲には

独特の共通点がある。

私たち音楽家の間では話題になった。

特徴づけるのは

「リズム動機法」で、

4つの楽章は固有なリズムで

特徴づけられている。

ZARDの「負けないで」も

重要な要素としてリズムが

前面に押し出されている。

ポジティブさ非常に活気に満ち、

ポジティブなエネルギーにあふれている。

「負けないで」は励ましのメッセージに対し

ベートーベンの交響曲第7番も、

第2楽章は愛する人への深い感情表現で

どちらも多くの聴衆に感動を与えている笑

 

子供たちの場合、私のコンサート前は

全てそれらの曲で24時間1ヶ月以上染まるので

おそらく全部聞いたことのあるアノ曲だろう。

 

話は逸れたがその後

長期間ロマン派に引き継がれ

シューベルト(オーストリア)1797-1828

などが活躍。

軽い曲はカルテット、

弦楽四重奏の

「ます」虹鱒の鱒ね!

その辺りなら良いが、

交響曲になると鬱患者を

リラックスさせる為の

暗い重い曲になる。

ピアノ曲はライトなものが多い。

Moll 短調でも軽快なリズムだったり。

ハンガリー舞曲第5番は代表的。


ブラームスは20歳の時、

ハンガリー出身のヴァイオリン奏者

レメーニの演奏旅行に

伴奏ピアニストとして同行した。

レメーニがブラームスに弾いて

聴かせたチャールダーシュの数々

それらが後にピアノ連弾用に出版された 

〈ハンガリー舞曲集〉に取り入れられている。

21曲からなるピアノ連弾の曲集

「ハンガリー舞曲集」発表後は、

ブラームスに自分の曲を

使われたチャールダーシュの作曲家たちから

クレームがつけられたが、

彼はこの曲集を自分の「作曲」ではなく、

「編曲」と表記していたため

咎められずに済んだ笑い泣き

ブラームス選りすぐりの

チャールダーシュを集めた

「ハンガリー舞曲集」は、

今では彼の代表曲のひとつとして

世界中で愛されるようになった。

 

ハンガリー語で「酒場」という

意味のチャールダ csárdaから来た

チャールダッシュは民族舞踊で

特徴としては、

「遅い」部分(lassú, lassan)と

「速い」部分(friss/frišká)がある。

ラッシュー部分はかなり遅く、

哀愁をもって演奏され

実際には2つから3つの

民謡の旋律を組み合わせて演奏する場合が多い。

 

「ハンガリー舞曲」の多くは

既存のチャールダーシュを編曲したものだが、

その編曲には、ブラームスが

「素材の持ち味を壊さずに編曲した」

見事な手腕が光っている。

2つの原曲を組み合わせる際も、

相性の良い2曲を選曲してる。

 

姫ちゃんの好きな

「第5番ハンガリー舞曲」の場合、

Aメロ=ケーレル作のピアノ曲、

Bメロ=ボーグナー作の歌曲が

それぞれの原曲だが、

まったく違う作曲家の書いた

チャールダーシュを合体させることで、

それぞれの曲の良さを引き出している。

そして原曲の長大なエンディングを

大幅にカットしてまるっきり違う

3つの音で曲を締める…

という大胆な編曲を行っている。

「第5番」の最後の三音

和音だけれどブラームスのオリジナル。

色々繋ぎ合わせてエンディングカットの

ジャン ジャン ジャンルンルンで終わるグラサン

 

メンデルスゾーン(ドイツ)1809-1847

は、大金持ちのお坊ちゃまで、

サラサラっと書いた曲は、

苦悩とは縁遠い。

バイオリンコンツェルトでも、

メンデルスゾーンと比較される。

ピアノコンツェルトも素敵。

1812年は荘厳だが先に光がある。

叙情的で流麗、メランコリックな旋律と和声

華やかで効果的なオーケストレーションなどから

クラシック音楽の中でも人気の高い作曲家。

作品は多岐にわたるが、

とりわけ後期の交響曲や、

バレエ音楽、白鳥の湖とか

協奏曲、管弦楽曲、オペラ、

室内楽曲、独奏曲にも人気作がある。

 

かなり後期になって

ドヴォルザーク(チェコ)1841-1904

は軽快なメロディーや、

重々しくても明るい。

カルテットの、アメリカが面白い。

オクテットや、弦楽セレナーデ、

ドボ7.ドボ8と呼ばれる

交響曲7番、8番は有名。

姫ちゃんが淡々としたい時に聞く

新世界9番かな?

 

1884年にロンドン・フィルハーモニーの

招きでイギリスを訪問し そこで披露した

序曲《フス教徒》や《スターバト・マーテル》が

熱烈な歓迎を受けたことで

国際的な名声を確立した。

現在では全く知られていない曲だが・・・

その後彼は1892年、

ニューヨークの音楽院に招かれ渡米。

新世界交響曲はその翌年1893年に作曲。

アメリカという地を見て

「新世界」を書いたのだろうか?

カー ネギー・ホールで初演された。

 

バイオリニストと言えば、

イザーグ パールマン!

モーツアルトやチャイコフスキーの

バイオリン協奏曲は素晴らしい。

 

 

今好きなのは、

Nemanja RADULOVIC

ネマーニャだ。

 

 

それこそモンティの

チャールダーシュが有名。

パガニーニやチャイコも最高だが

少しロック調

彼は自分をミュージシャンと言っている。