チャンミン 黄金強化月間 | only for TVXQ

チャンミン 黄金強化月間

昨日会社帰りに行ってしまいました、2度目の黄金。



新宿最終だったので、案の定席もわりと空いていて、念願のど真ん中!



客層は、若干女性が多い、くらいだったかな。



監督、ごめんね、女で。




ちょうどその前の回に、知らなかったのですが、井筒監督とマツコの舞台挨拶があったみたいで、ぎりぎりに入ったのですが、たくさんの観客とともに撮影スタッフのような方々がたくさん引き上げるところでした。



で、さぁ入ろう、と思ったら、入り口のところに桐谷健太さんがいらっしゃるではないですか!!



びつくり。



同じ回を観ていかれました。



光栄です。



本物はスクリーンに映るより頭ちっちゃくて細くて、さらにかっこよかった!



もちろんみなさんも気づいていらっしゃったのですが、ああいう時の日本人の反応って面白いですね。



なかば影から覗くように”うそ~っ!桐谷健太じゃな~い?ちょーかっこいい~!”とかささやきながら、おずおず近づいていって手をさし出す感じ?



むしろ桐谷さんの方から手を差し出して”もう握手してましたっけ”とか言ってファンサされてました。



かくいう私は、、、近付いてもいけず、遠巻き軍団で見とれていた一人です。。。




と、前置きはこのくらいにしておいて映画の本題へ。。。



前回はただただあっという間に終わった感があったのですが、今回はわりと落ち着いてじっくり観れました。



で、第2回目にして感じたこと。



これはあんまり映画とかに詳しくもない私のただの勝手な私的感想ですので、さらっと読んでください。



あ、以下ちょっとだけネタバレありなので、注意です。




まずはキャスト関連から。



前回端から見上げてみていたのでよくわからなかったんだけど、やっぱりブッキーの迫力、どうしてどうして、ほんまもんでした。



彼はどうしても柔らかな感じが残るし、地声も高いから、ぴんときていなかったところがあったんだけど、やっぱり目力、表情、すごいですね。



徐々に拍車がかかっていく感があります。



野田にせまるところ、野田じゃないけどびびりました。



北川は、原作の印象と最初ちがっていたのですが、さすが浅野さん、頭の中の北川とすでに一体化しています。



チャンミンについては、、やっぱりやめておきます。



なにいってもちゃみぺんの言葉は信憑性にかけるので、、



ただ、もっかい言いたくなっちゃったけど、でかいよチャンミン!



いや、いいんだけど、むしろドキドキなんだけど、、、幸田さんがすごーく見上げていたよ。。




次に作品そのものについていうと、まずはこの原作、映画化が難しいといわれていた理由がようやく私的に理解できた気がしました。



主軸は2つです。



”銀行強盗”を中心としたハードボイルド&ノワール&サスペンス、それから、周辺の絡み合う人間模様。



まあ、テーマとしてはハリウッドなんかでも”ありがち”、わかりやすいです。



ただハリウッド映画みたいに、ドーンとかバーンとかジャーンとか、わかりやすく豪快に描いて、最後は感動でほろっ、とか、号泣!、、、とはいかないのです。



もちろん”銀行強盗”の方は北川の話すとおり、思いっきり豪快に派手にかつテンポよく描き出す必要がある。



でも背景にあるのは大阪の底辺に暮らす人々の、ぶっ飛んでいながら、ものすごーく地味~で薄暗~い世界。



これだけでもすごく独特。



なのに、さらに人間模様の方は、わかりやすい感動ものとは一味も二味も違う。



”これでもか”的なわかりやすい設定もあるんだけど、原作に描かれているのは実は凄く繊細で微妙な人間心理とそれにともなう人物の変化。



はじめて読んだときに、高村薫さんは男性と思っていたんだけど、女性的だなあ、と感じたのはまさにこの部分です。



一見ぶれのない静けさの中で、各々の内面は実はドラマティックに変化している。



こういうのって、小説だと、重ねられた言葉の間からほんのり香ってきたりする。



映画となると言葉も時間も限られてくるし、一方で豪快な銀行強盗と、次々と起こる事件を描きながら、同時にこの繊細さを表現するのは確かにとてつもなく難しい気がする。。。と改めて思ったわけです。



特に難しいと思われるのは、作品の中で重要な位置を占めている(と私は思っている)幸田とモモの関係とその人物像。



主人公幸田は徐々に変化していくのだけれど、じいちゃんとの話もあるけれど、最大の要因はやっぱりモモだと思うんですね。



この関係がまた微妙で、原作では上手い具合にぎりぎりの線で描かれている。



あくまで人間と人間として深いところでつながっていった過程が描かれているのは確かなんだけど、これもうまく表現しないとただのBLになってしまう。




もちろん映画化するにあたっては、監督の意図する”切り口”というものがあるのであって、男性客にみてほしい!という願望や、最初に小説を読んだときのドキドキワクワク感みたいなのをきいていると、監督としては前者をより強く表現したかったのかなーと思う。



確かに日本の映画でこういうノワールものってあんまりなかった気がするし。



”大阪”が豪快さにいい具合に味付けをしていて、ちょっと卑猥でどろどろして汗臭い香りがする、男くさささみたいなのがよく表現されている。



で、着々と進む銀行強盗計画の周りで次々と起きる事件に、観ているものはあっちこっち振り回されながらも、知らないうちにひきこまれていくわけで。。



暴力的で随所随所に”死”をちりばめながら、それなのにあくまで対極の”生”とその生々しさ、生命力、エネルギーのようなものを感じる。



その中で、微妙な心情やその変化がどう表現されるか。。。



それは合間合間に挟まれたふとしたワンシーンや言葉の数々。



観ているものはその手がかりをひろって、想像する。



本で言えば行間を読む作業だけど、なんせすんごいスピードでストーリーが展開していくから、その派手な方にだけ目を奪われてボーっとしていると、実は何にも感じられないかもしれない。



でもその一瞬挿入された映像、表情、言葉がかえって心にひっかかって離れなかったりする。



豪快にテンポよく進むストーリーの中で、次第に何か得体の知れないものが心に鉛のように溜まっていって、最後はなんともいえない衝撃みたいなものが跡をひく感じ。



ジワジワ、ズシーン、て感じ?(どんな感じやねん、、)




こうやってみると、原作とはちがう味わいの作品になっている気がします。



そう、原作を男性目線から描くとこうなるのかなーって感じですか。



伏線やら行間やらをひろって、何度も観るうちに深みの増す作品だと思います。



私も次観たら何を感じるのか、自分でも楽しみです。