藤が咲くまで放浪の旅
先月の末に定期検査で病院へ行く時に天気が絶好調でしたのでカメラを積んで行きかなり撮って来たので編集に手間取りやっと日の目を拝む事ができました。青ぞら高くそびえたち からだに雪のきものきてかすみのすそをとおくひく 富士は日本一の山格好いい詞を書いても下がキャベツ畑じゃ三浦の田舎者丸出しじゃねえかよ!せえたってなぁキャベツを二つわけてくんなって言ったら五つ持ってきたから幾らだと言ったら畑は店じゃねえから錢はいらねぇってせえから二百円渡したらまた五つ・・・おりゃぁウサギじゃねえからくいきんねえって言ったら切ってまったから持って行けだと!ありがた迷惑だけど帰りだから貰ってきて近所へ配ったってことよ。富士と江の島を入れるのは至難の業ですので江の島を単独で撮りましたがバックの山は調べても見当がつきません。東洋のマイアミ と言われていますが藤沢市には産業の基盤が無く江の島の観光が唯一の収入と言っても過言ではありません。白い防波堤の中は五輪でも使うヨットハーバーで県下では一番大きいと言われていますし左角辺りには三大弁財天の岩屋の弁天様が150m位奥に祀ってありますし真ん中のタワーは昔は「平和の塔」と呼ばれ灯台も兼ねていましたが二代目です。裏側の橋を渡ると江の島神社があり「アマテラスオオミカミ」の孫が祀ってあります。烏帽子岩方面はサーフィンのメッカと言われる「大磯」サザンオールスターズのサザン通りは茅ヶ崎になります。稲村ヶ崎は鎌倉幕府を倒そうと新田義貞が黄金の太刀を海に捧げ渡れるように祈願したら潮が引き渡れたとか。今考えれば大潮だったのでしょうね(^^♪悲しい事故もありました。真白き富士の嶺 緑の江の島 仰ぎ見るも今は涙 帰らぬ12の 雄々しきみたまよ 捧げまつる胸と心明治の末期に逗子開成中学の生徒12人が教師の説得を押し切って鎌倉に向かい七里ヶ浜の沖合で強風に煽られ転覆全員死亡し供養のため開成中学の先生が作った歌とか。軍国少年ですから教師も強く言えずの事故だったかもしれません。画像の右端辺りが「腰越」で街中を走っていた江ノ電がここらから海を眺めながらのんびりと鎌倉へ向かっています。そうそう義経が京都から頼朝の元へ行こうとしたらここで待たされ「腰越状」を書いたのも有名ですね。夏は小田急線で都会から人が押し寄せますがオフは水族館にちらりほらりのお客さんだけだと思いますがねぇ~ましてコロナ騒ぎですから。