上田城
関ヶ原に向かうのに中仙道を進んだ秀忠は四万弱の兵を引率して一路関ヶ原を目指しますが碓氷峠の疲れもあったろうし真っ直ぐ行けば遅れることもなかろうにどんな気持ちか分かりませんが一山越えて鬼が住む真田郷へ向かい案の定手痛い仕打ちを受けるんですね。黄色い枠が上田城郭なのですが真田一族らしい櫓が三ヶ所もありますので秀忠軍は苦戦したのかも知れません。右下から順番にと思っていますが脱線したらと初めから煙幕を張っておきます。(^^♪南櫓ですが反対側と繋がっていますから大きいと思います。南櫓門を潜りますと虎口櫓門でここを抜ければ真田神社に向かいます。南櫓も同じ造りだと思いますが真ん中のは狭間でここから弓とか鉄砲で狙い撃ちですから怖かったでしょう。左のは、戊辰役上田藩従軍記念碑 本丸跡の大きな碑に彫られたのを書いておきましたが色が悪く読み取れなくてチョンボですねぇ~ 戊辰戦争では調べたら朝廷側でした。黄色の枠の中の案内書きですがどうしても分からない字は?を付けました。「この井戸からは抜け道があって????敵に包囲されてもその抜け道より食料を運び入れるにも??出入りにも不自由しなかったと言う」10mmのクローズアップレンズで時間をかけましたがどうしても分かりませんでした。幸村公の下のは丸っきり分かりません。「真田井戸」と書かなかった大チョンボですねぇ~順番を間違えました三連続チョンボ・・本当にすまぬ!六文銭でなく7-5の桐紋とは驚きでした。西櫓は単独で高い所に建っていましたが鉄砲隊の櫓かと勝手に思っています。 真田氏本城嶽幾重連陣営 縦横布置緻行兵今朝錦繍一望遠 覇業遥思古本城このように彫ってありましたがチンプンカンプンです。さすが教育県です。昌幸、幸村、親子は九度山に追われ幸村は大坂城で戦死信之は徳川に行きましたがどうなったのか気になります。秀忠は関ヶ原で勝ったので首と胴体はつながっていますが負けていたら妖刀村正でバッサリなんでしょうか・・・・怖いですね。ここからは北アルプス連峰も近く後立山までは黒部湖は少し歩きますがロ~プウェーなどを使えばそれらしき装備でスキーや紅葉狩りも楽しめます。日本百名山は完全踏破、信州200名山も踏破、山梨100名山にあと18座?のブロ友のURLを貼っておきますにので楽しんで下さい。内緒ですからね。 yamanobori-tatsuyaのブログ (ameblo.jp)