山形県に着いた初日。
思っていた通り、この町の時間は半拍ゆっくり流れている。空気は澄みきって、北国の風に洗われたみたいに透明だった。
駅西口の連絡通路に「本のひろば」という小さな空間がある。線の美しい木のベンチと本棚。それらはかつて、2020年の東京オリンピック選手村広場で使われていたものだという。
世界の夢を支えた木材が、いまは山形の駅で静かに息をしている。ほのかな木の香りが、通り過ぎる人の足音をやわらかく包む。
私はその“少しだけ歴史の重み”を持つベンチに腰を下ろした。
背後には行き交う旅人、目の前には整然と並ぶ本たち。
ここでは、本を家に持ち帰って読んでから返してもいいらしい。信頼の上に成り立つ場所。機械のように動き続ける駅のなかで、そこだけがやさしい読点のように佇んでいる。
待ち時間は焦りの消耗ではなく、本の香りに整えられた余白へと変わる。
夜になると、駅近くの居酒屋へ。山形の味を探して。扉を開けた瞬間、あたたかな黄の光に包まれる。木の看板、積まれた酒樽。外の冷気はすっと遠のいた。
いただいたのは、山形の郷土料理「芋煮」。
小ぶりの里芋は脂のようにやわらかく、牛肉は濃く甘く、大きなこんにゃくとともに、どこか山の匂いを含んで煮込まれている。
湯気の立つ一椀。
ひと口すすれば、この土地の実直さがまっすぐ胃袋に届く。
派手ではない。
けれど、確かに沁みる。
夫との旅に、奇跡は求めない。
見世物のような感動もいらない。ただ、
見知らぬ町を肩を並べてゆっくり歩き、オリンピックの木のベンチで数ページめくり、ほろ酔いの夜に熱い汁をすする。
三十年婚姻
不外鱼肉酒茶
幾千里行走
総帰归走馬観花














