↑ 聖母マリアが晩年を過ごした教会(トルコ、エフェソ近郊)
12泊の日本滞在を終えた長男とPさんは帰国の途につきました。
1日たりとも、家で「まったり」することもなく
湯河原、箱根、熱海、伊豆高原、山中湖、河口湖、奈良、京都、明治神宮
東京タワー、浅草、霞ヶ関、皇居、ドイツレストラン、ワタミ、かっぱ寿司、華屋与平、等々
驚くばかりのバイタリティーで駆け回っていきました。
我が家での長男の隠れたニックネームは「放蕩息子」
世間一般でいうところの、親の金を湯水のごとく使う放蕩息子とは異なり
聖書に出てくるほうの放蕩息子です。
聖書の話では、親から財産をわけてもらい、旅に出て全てのお金を使い果たし
豚の世話をする仕事まで身を落とし、豚の餌を食べたいと思ったときに
「そうだ!お父さんに謝ろう」と思いついて実家に戻る。
父は優しく息子を迎えでて、お祝いのパーティーまで催す。
弟はそんな父と兄を見て怒り父にせめよる。
「私が友人を呼んだときは羊の一頭もくれなかったのに、あなたの財産を
使い果たして戻った人をなぜ許すのですか?」と。
父は「あなたは私とずっと一緒にいたから幸せだったじゃないか!
死んだと諦めていた息子が戻ってきたのだよ。嬉しいじゃないか」
私は今でも、聖書のこのストーリー(結末)には賛成できません。
我が家の「放蕩息子」は、ドイツで仕事はしているものの
日本に来ては「お客様待遇」で、”いいとこどり”で帰っていく。
その間、家族は色々と振り回されるわけです。
一緒に来日したPさんは、とてもしっかりした素敵な女性で
ドイツ帰国後、Pさんに見捨てられないようにと願うばかりです。