熱燗のおいしい季節が迫ってまいりました。少しフライング気味ですが
僕はすでに義父からもらった八海山を夜な夜な燗にしてやっております。
さて、本日のブログは先日の「仕事のこと」第2弾であります。
例によって、こうゆう話題で書くと知ったような口ぶりになりがちですが
30年しか生きていない若輩者が、現時点で思ったこと考えたこととして
軽く受け流してくださいね。だいたい、世の中は多様性があって複雑で
言葉でくくれるほど問題が単純でないわけで・・・要するに、物事は
ケースバイケースですから、書いていることは僕の場合として見てください。
と、さんざん言い訳してのミッドナイト更新ですが、今宵もどうぞよろぴくね。
僕は早朝に仕事やってしまうことが多いのですが、車で走っていると
中高年の方たちがウォーキングしておられるのをよく見かけるんですね。
皆さん、ちゃんと健康に気を遣っているんだなぁと感心させられるわけですが
この「ウォーキング」なるもの・・・とにかく地味で極めて単純な運動です。
毎日コツコツとおこなうことによって、足腰が鍛えられて代謝もよくなり食欲も
出て元気になれるんですよね。この場合「継続は力なり」という表現が正しい
のかわかりませんが要するにそうゆうことでしょう。
同じように、心の健康を維持するためにも毎日コツコツおこなう心のトレーニング
が必要なのではないかと思うのですよ。それはなんなのかって言いますと・・・
ズバリ言うわよ!(古っ)
それは仕事じゃないかと思うんですよ。というか、働くことですね。
その働くという行為に対して金銭的な代価が払われないもの(例えばボランティア
とか主婦業とか)も含まれると思うんですが、この働くという行為が心のトレー
ニングになっていると思うんです。
ここまで読んで、多くの疲れた社会人の皆々様から「何がトレーニングじゃボケ!
毎日職場のストレスで健康になるどころが心は疲れきっとるんじゃー!!」という
非難の声が聞こえてきそうですが、それはですね・・・また別の話です(^^;)ゞ
いやいやそうじゃなくって、そういう方はおそらく運動靴ではなく革靴を履いて
足元の悪い場所をがむしゃらに走っているような状態なのではないかと・・・
それでは確かに疲れてしまいますよね。
やはり正しい心のウォーキングをしなければ健康促進にはならないと思うのです。
とはいえこのことは職種に(一部の職種を除きますが)よって左右されるものでも
職場環境(例えば同じ職場で働く人)によって影響されるものでもないと思います。
「7つの習慣」という有名な本がありますが、その中には変えることができるのは
周りではなく自分だけであると書かれています(かなり大雑把な要約しましたが)。
なんか話題がそれていきそうなのでもっと端的に言うと、つまりどんな仕事(職種)
でも心のウォーキングはできるということです。
そして心のウォーキングなんて洒落臭い表現を使いましたが、要するに心の鍛錬
ということです。働くことによって心を鍛えるわけです。
もちろんただ働いていればいいわけではありません。
ひたむきに、まじめに、コツコツと、責任感を持って、忠実に働くことです。
「当たり前だろ、今更何言ってるんだこのおっさん!」と突っ込まないでください。
僕だってこんなことは道徳の授業とかでさんざん聞かされてきたし、頭ではわかって
いました、というより知っていました。でもそのことを常に意識して働いてはいませ
んでした。人間ってのは自分に甘いじゃないですか?だから仕事に慣れてくると
だんだん最初に持ってたモチベーションが下がってきて「あー疲れた」とかってなる
でしょ?僕の場合もそうだった気がします。いや、仕事はちゃんとやっていましたよ。
でもね「この案件は割にあわないなぁ」とか「面倒くさいなぁ」とか「しんどいなぁ」
なんて愚痴をこぼすことが多かった気がします。
そういう気持ちで働いていては効果的に心が鍛錬されることは無いと思います。
結果、ストレスが溜まったりなんか満たされない不完全燃焼気味な日々になったりで
ろくなこと考えない人間になってしまうんです。
例えば今回の仕事の不祥事の件に関して僕が強く被害者意識を持ったようにです。
以前お話ししましたが、仕事をくれていた会社が発注停止を喰らってしまったために
収入が絶たれてしまい、そのためにやむなく深夜のコンビニの仕事を始めました。
このコンビニは、借金時代に昼の仕事と掛け持ちしてバイトしていたところです。
顔馴染みで、ちょうど深夜のバイトに空きがあったのですぐに入れてくれました。
ただ、僕としては「どうせ繋ぎのバイトなのに新しく仕事を覚えるのも面倒だし、
慣れているから適当にやればいいや」みたいな動機だったわけですよ。
まぁ、少しふて腐れてましたからね。でもね、このコンビニで気づかされたんですよ。
-前編ここまで。
僕はすでに義父からもらった八海山を夜な夜な燗にしてやっております。
さて、本日のブログは先日の「仕事のこと」第2弾であります。
例によって、こうゆう話題で書くと知ったような口ぶりになりがちですが
30年しか生きていない若輩者が、現時点で思ったこと考えたこととして
軽く受け流してくださいね。だいたい、世の中は多様性があって複雑で
言葉でくくれるほど問題が単純でないわけで・・・要するに、物事は
ケースバイケースですから、書いていることは僕の場合として見てください。
と、さんざん言い訳してのミッドナイト更新ですが、今宵もどうぞよろぴくね。
僕は早朝に仕事やってしまうことが多いのですが、車で走っていると
中高年の方たちがウォーキングしておられるのをよく見かけるんですね。
皆さん、ちゃんと健康に気を遣っているんだなぁと感心させられるわけですが
この「ウォーキング」なるもの・・・とにかく地味で極めて単純な運動です。
毎日コツコツとおこなうことによって、足腰が鍛えられて代謝もよくなり食欲も
出て元気になれるんですよね。この場合「継続は力なり」という表現が正しい
のかわかりませんが要するにそうゆうことでしょう。
同じように、心の健康を維持するためにも毎日コツコツおこなう心のトレーニング
が必要なのではないかと思うのですよ。それはなんなのかって言いますと・・・
ズバリ言うわよ!(古っ)
それは仕事じゃないかと思うんですよ。というか、働くことですね。
その働くという行為に対して金銭的な代価が払われないもの(例えばボランティア
とか主婦業とか)も含まれると思うんですが、この働くという行為が心のトレー
ニングになっていると思うんです。
ここまで読んで、多くの疲れた社会人の皆々様から「何がトレーニングじゃボケ!
毎日職場のストレスで健康になるどころが心は疲れきっとるんじゃー!!」という
非難の声が聞こえてきそうですが、それはですね・・・また別の話です(^^;)ゞ
いやいやそうじゃなくって、そういう方はおそらく運動靴ではなく革靴を履いて
足元の悪い場所をがむしゃらに走っているような状態なのではないかと・・・
それでは確かに疲れてしまいますよね。
やはり正しい心のウォーキングをしなければ健康促進にはならないと思うのです。
とはいえこのことは職種に(一部の職種を除きますが)よって左右されるものでも
職場環境(例えば同じ職場で働く人)によって影響されるものでもないと思います。
「7つの習慣」という有名な本がありますが、その中には変えることができるのは
周りではなく自分だけであると書かれています(かなり大雑把な要約しましたが)。
なんか話題がそれていきそうなのでもっと端的に言うと、つまりどんな仕事(職種)
でも心のウォーキングはできるということです。
そして心のウォーキングなんて洒落臭い表現を使いましたが、要するに心の鍛錬
ということです。働くことによって心を鍛えるわけです。
もちろんただ働いていればいいわけではありません。
ひたむきに、まじめに、コツコツと、責任感を持って、忠実に働くことです。
「当たり前だろ、今更何言ってるんだこのおっさん!」と突っ込まないでください。
僕だってこんなことは道徳の授業とかでさんざん聞かされてきたし、頭ではわかって
いました、というより知っていました。でもそのことを常に意識して働いてはいませ
んでした。人間ってのは自分に甘いじゃないですか?だから仕事に慣れてくると
だんだん最初に持ってたモチベーションが下がってきて「あー疲れた」とかってなる
でしょ?僕の場合もそうだった気がします。いや、仕事はちゃんとやっていましたよ。
でもね「この案件は割にあわないなぁ」とか「面倒くさいなぁ」とか「しんどいなぁ」
なんて愚痴をこぼすことが多かった気がします。
そういう気持ちで働いていては効果的に心が鍛錬されることは無いと思います。
結果、ストレスが溜まったりなんか満たされない不完全燃焼気味な日々になったりで
ろくなこと考えない人間になってしまうんです。
例えば今回の仕事の不祥事の件に関して僕が強く被害者意識を持ったようにです。
以前お話ししましたが、仕事をくれていた会社が発注停止を喰らってしまったために
収入が絶たれてしまい、そのためにやむなく深夜のコンビニの仕事を始めました。
このコンビニは、借金時代に昼の仕事と掛け持ちしてバイトしていたところです。
顔馴染みで、ちょうど深夜のバイトに空きがあったのですぐに入れてくれました。
ただ、僕としては「どうせ繋ぎのバイトなのに新しく仕事を覚えるのも面倒だし、
慣れているから適当にやればいいや」みたいな動機だったわけですよ。
まぁ、少しふて腐れてましたからね。でもね、このコンビニで気づかされたんですよ。
-前編ここまで。