「明日、古典の小テストやー!
何もやってない…
とりあえず覚えて、1時には寝ないとー!」
一夜漬けのテスト勉強を終えて、
布団に入った私。
そのテストが実施される事はありませんでした。
阪神淡路大震災。
今日で、あれから20年が経ちました。
当時、中学3年だった私。
忘れることのない出来事であり、思い出すたびに胸が摘まれる思いがします。
私の実家は神戸市ではないものの、
同様に震度7エリアでした。
しかし、神戸の中学校へ通っていた私にとって、神戸市は地元同然の大好きな街です。
変わり果てた神戸の街に、
大きな衝撃を受けたのは言うまでもありません。
我が家も全壊まではしなかったものの、
修繕・回復までには時間が掛かりました。
授業が再開したのは2ヶ月後。
震災後初めての通学は5時間掛かりました。
先生やお友達の安否を確認が出来る度に、
お互いに生きていたことを喜びました。
沢山の方々が多くの大切な人を失い、
大切なもの、気持ち、想いを失いました。
街はすっかり復興しましたが、
表には出さない想いを抱えているかたもいるし、
時間が経てばそれによって新たな問題も出てきています。
阪神淡路大震災に限らず、
近年は大きな災害が多発していますが、
私たちに出来ること。
それは、
いずれのことも忘れないこと、
風化させないことだと思うのです。
日々は小さな奇跡の積み重ね。
今、生かされていることに改めて感謝したいと思います。
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そして、そんな今日は実家の父の誕生日。
20年前、阪神淡路大震災が発生した日は、
父の50歳の誕生日でした。
その日の夜、庭で父は焚き火をしてくれました。
不謹慎かもしれませんが、眠れないと言いながらお酒を飲んで車で横になっていました。
その時は、こんな時にお酒を飲むなんて!
と、思っていました。
でも、今になって思うと、父も家族を抱えながら、先行きが見えない目の前の状況に不安で堪らなかったのでしょう。
あれから、20年。
大きな病気もしたけれど、今は元気に相変わらずな感じでお酒を好む父。
今日で70歳。
長生きして欲しいです。
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私が社会人になった23歳の時に、
甥は生まれました。
私と誕生日が一週間違い。
姉夫婦は実家から徒歩5分くらいの所に住んでいて、甥が生まれてから暫くは実家で一緒に生活していました。
本当、我が子のようにずっと近くで成長を見てきた甥も、もう、小学6年生。
今日は中学受験だそうです。
ずっと頑張って塾通いをし、
姉は毎日、塾弁を作り、
今日を迎えたようです。
関西、今日は寒いようですが、
これまでの頑張りを発揮出来ますように…
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今年の1月17日は、
ちょっと色んなことが重なりました。
それぞれを思ってベッドの上で祈ります。
