悲しいお別れ。 | maimaiの30代花嫁準備〜はじめてママライフ in東京→関西

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ザ・リッツ・カールトン大阪で、結婚式・披露宴を行いました。
30代カップルの遠距離での結婚式準備~新天地 東京での結婚生活、時を経て、男子育児についてつづっています。

5月になり、
新緑が美しく、ゴールデンウイークというと楽しいシーズンにネガティブなタイトルでごめんなさい。

ブログやSNSには、
基本的には前向きなこたや楽しいことを書くことを心掛けていますが、
忘れてはいけない、私にとって大切で悲しい出来事がありました。

悲しい内容で長文のため、
苦手なかたは控えてくださいね。










4月30日の深夜、
実は、流産してしまいました。


明日で主人と入籍して一年。
秋に結婚式を終えて、
慣れない土地で一緒に新婚生活を始めて5ヶ月。

私は、今年、35才になるので、
年齢的なことや、
10代の時から生理不順、
20代になってからは酷い生理痛に悩まされていたこともあり、3月から不妊クリニックへ通い始めました。

一通りの検査をする中で、
少し妊娠しにくい体質であることが分かりました。その時は少なからず落ち込みましたが、主人も協力的でとても理解してくれ、明るく前向きに考えてくれて、とても救われたことを覚えてます。

昔だったら、授かりにくかったかもしれないけど、幸いにも医療が進んだのだから、その力をしっかり活用したらいいやん。そのために、長い独身時代の僕の貯えも使ったらいいやん。

そう言ってくれました。

不妊クリニックへ行くことで、
色々調べたり医師から話を聞いて、
女性の妊娠の大変さや現実的な数字などを初めて知りました。

今まで、がむしゃらに仕事して、
好きに遊んで暮らしてきて、
結婚への憧れは昔から強かった割りに、
なかなかご縁に恵まれず、
親のプレッシャーに耐えられず、
何度も大喧嘩もして、
家に帰るのが本当に嫌になる時期もありました。

そんな中、今、かけがえのない存在である主人と出会えて結婚できました。
結婚適齢期って人それぞれで、
ウェディングドレスは何歳になっても着ていいんだ。
心からそう思いました。

でも、妊娠することは年齢と共に
リスクがあることをこの年にして、
ようやく知ったのです。
そんなこと全然知らなかった…。


そのような思いの中で、不妊検査を始めて、なんと、幸いにも検査後すぐの一周期のタイミング療法で妊娠出来たのです。

恋愛・結婚でも、ネタが尽きない位に苦労して、今年は仕事でも諸事情あって少しお休みしてるのに、
こんな私がこんなにも早く授かることがで来て、嬉しいよりもびっくりと信じられないという気持ちでいっぱいでした。

妊娠検査薬で陽性反応が出て、
主人もとても嬉しそうで、
それが私も嬉しかったです。

クリニックで確認した時が6週でした。

両家の親にも報告して、
結婚決まるまで余り会話もなかった実父も大喜びしてくれてたそうです。


私も嬉しくて、
はじめてのたまごクラブを買ってみたり。
あまりきつくはないけど、悪阻もありながら赤ちゃんが育ってる証だと思って過ごしていました。

妊娠初期は、一週間毎に検診して、
心音確認後に問題なければ9週位で、
不妊クリニックは卒業と説明を受けました。


ところが、
心音の確認が予定の検診日に確認できなかったのです。
翌週にも確認出来なかったら、
流産かもしれません…と。

そこからの一週間が長くて長くて。

そしたら、クリニック予約前日の祝日、
一人でカフェでお茶してた時に、
少し出血してることに気付きました。
びっくりして姉に相談すると、
念のため病院に行った方がいいと。

泣きそうになりながら、
休日診療してる病院を探して、
主人と救急病院へ飛び込みました。

そしたら、その病院で心音の確認ができたのです。とてもほっとしました。

翌日、不妊クリニックで診察を受けました。
しかし、心臓は動いてるけど遅いとの診断でした。妊娠初期は、とにかく、経過を見るしかないようで、この時も少量の出血がありましたが問題ない程度でした。
また、1週間後の予約をして帰宅。


その夜。
食事を終えて、19時頃からお腹の痛みがどんどんきつくになってきて、
出血量も少し増えてきました。
普段の生理痛も凄くきつくて、処方して貰った痛み止めさえも効かない事があるぐらいのきつさで、酷い時は会社を休む程でした。
20時頃には、その生理痛と同じくらい痛くて、泣いていました。
耐えられなくて、主人に先日の救急病院へ相談の電話をしてもらいました。
でも、やはり妊娠初期で薬はNG、朝まで経過を見てそれでもきつかったり、出血が増えていたら来て下さいとの指示でした。

主人は翌日も仕事なので、寝てもらいました。

私も横にはなったものの、痛みで寝られず。そして、深夜2時頃に嫌な予感がしてお手洗いにいくとびっくりする量の大出血をしていました。

パニックになり、涙が溢れてきました。
とりあえず、下着やパジャマを着替えて、ベッドが汚れないようにビニールを敷いて…。そして、主人を起こしました。
ダメ元で、母親にも着信を残したり。
出血量を見て泣くしかできなかったけど、心の中では、もう、ある程度覚悟していました。

それからも激痛が続き、寝れませんでした。でも、どこか冷静でネットで出血の後処理や回収した方が良いかなどを調べていました。

朝になって、少し腹痛が落ち着いてきました。
母親に電話をしたら、母も流産経験が二度ほどあるので労ってくれました。

「きっともう、流れてしまったね。赤ちゃんに手を合わせてごめんねと言って、お手洗いは流しなさい。お腹が痛くて当たり前よ。流産だって、小さなお産と同じことなのよ。」

この後、不妊クリニックは休診日のため、
相談していた救急病院で診察していただきました。飛び込みだったから、長い待ち時間も気を紛らわせるためにブログしたり、本を読んだり…。
そして、診察。
エコーを見たら赤ちゃんの袋は、まだ、お腹の中にあるので、進行流産ということでした。改めて、医師に流産と言われて言葉の重みを感じました。


そして、今日の午前中に不妊クリニックへ。エコーで見たら、昨日から今日の間に赤ちゃんの袋は無くなっていました。
いつの間にか、出血とともに旅立っていたようです。そのため、流産手術はしなくてよくなりました。
診察は非常に淡々としてて、
今後の過ごした方や次の妊娠可能時期などの説明まで受けて終了。


病院を出たら、
ゴールデンウィークの晴天で、
太陽がまぶしたかった。


駅に小学校一年生くらいの子供達が沢山いて、人が生まれて元気に成長するって本当に奇跡なんやなぁと心から思いました。

ベビーカーに乗ってる赤ちゃんを見て、
“尊い命”という言葉の意味を、
今回、ようやく身を持って理解できたように思いました。


昨日一昨日は、泣いてばかりだったけれど、今日の診察で赤ちゃんはもう居ないと分かって、少しだけ心の区切りがつきました。 でも、まだ腹痛があり、出血も続くようで一週間程は安静が必要とのことでした。
幸いにも明日からは主人も連休なので、一人にならず良かったです。

落ち着いたら、何処かのお寺にお参りに行こうかな。

流産は想像以上に、心身へのダメージが大きく、辛く悲しいものでした。
お産は本当に命懸けなんだと理解しました。
妊娠した途端に、クリニックの診察ではお母さんと呼ばれました。短い期間だったけれど、そのような存在になれて嬉しかったです。今回は本当に悲しいけれど、自分の人生を一生懸命に生きて、笑顔で過ごすことが一番大切で供養になるんだと思います。

そして、この経験は私は忘れることはないし、また女性として強くなれるのではないかと信じてます。

暫くゆっくりして、気持ちを前向きに切り替えて行こうと思ってます。
こうやって、文章に出来たことで心の整理が少し出来ました。


ママブロガーの皆さま、プレママブロガーの皆さま、皆さんの育児日記などは私にとって癒しになってるので、これからもよろしくお願いします!

そして、いつか私にもそのような日が来た時には色々教えてくださいね(*^^*)


気づけば、また、長文になってしまいました。最後までお読みいただいた皆さま、本当に本当にありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いします。



maimai