2021/4/11:


『あの川の源頭を目指してみませんか?』


と、友人のキビタキ氏が当初そう言ったかどうか、実は僕の記憶もすでに定かじゃない。ただまあ、とにかく極めてサラリとした調子での提案だったのは確かなんだ。


そもそも今年は葉ワサビ採取がてら、僕もちょうどその辺りを探索してみようとは考えてはいたんだよ。そんなタイミングで...


『釣果はともかく葉ワサビは任せて下さい』




なんてキビタキ氏が請け負うもんだから、少なくとも二つ返事で同意した僕のノリは、葉ワサビっ葉ワサビっ嬉しいナっ🎵って軽い感じで...


何せウカツにも準備してたミミズを釣行当日忘れてきちゃったくらい、ホントいつになくお気楽な調子だったんだ。



で、筑後川水系の某源流域へと入渓したってワケ。この日の朝は霜柱立つくらい馬鹿みたいに冷え込んでさ、標高ある源流域の水温ときたら8℃台ときた。


ソメイヨシノはもうほとんど散っちゃったってのに、まったく寒いったらありゃしない。



あ、そうそう、コレって奇遇って言うのかな。うん、やっぱり再び縁があっての事なんだろうな。嬉しい事に、この日の釣行にはモゲノ隊長も同行してくれたんだよ。上の写真に写り込んでいるのが隊長ね。



筑後川水系を中心とした北部九州河川での在来エノハ探索調査(脂ビレ採取活動)でさ、そのまとめ役だったのが他ならぬこのモゲノ隊長だったんだ。


(2019年筑後川水系での脂ビレ採取事例)

モゲノ氏、在来調査の隊長業はすでに引退して久しいし、自分とは同い年なんだけど。それでも僕にとっては今でもやっぱり隊長って感じの存在なんだよね。

竹を割った様な性格、って表現合ってるのかな?まあいいや。とにかく自分を偽れない、芯のある真っ正直な人物でさ。いつもフワフワしてて掴みづらい性格の僕とは、まあ真逆だな。

それに自分には無いセンス、釣りやアウトドアに対する譲れないコダワリってやつを随分色々と持っててね。メンド臭がりの自分にはそういうのが真似できない分、常々羨ましく感じててね...


まあとにかく敬意の念込めて、引き続きモゲノ隊長と呼ばせて貰う事にするよ。

何はともあれ隊長に直接顔を合わせるのは実に2年ぶり。変わらず元気そうで何よりだったな。

(左手前モゲノ隊長、中央奥キビタキ氏)

隊長は出会った当時はルアーマンだったんだけど、今は心機一転、フライマンとして毛鉤釣りの道を手探りながら着実に歩んでいるみたい。擬似餌釣り師の求道精神ってヤツなのかな?

そういうところ、ホントまったく恐れ入る。僕は敬礼とかそういうヤツ、ホントまったく苦手なんだけど、隊長にだけには思わずしちゃいそうだよ。

でも隊長、コレはちょっと内緒の話なんだけどさ、この日は一時的にルアーマンに戻ってたんだよね。だってそりゃあ霜柱立つ寒さの中、フライで釣るってのはやっぱ厳しいもの。


(モゲノ隊長のこの日のタックル)

いや、僕は毛鉤なんてやった事ないんだから、コレってめちゃテキトーな想像だよ。でもフライで隊長が釣る姿は、やっぱりちょっと見てみたかったよな。


ただ多分3人とも、当初この日はそんなに頑張ってエノハを釣らなくてもいいって思ってたんじゃないかな?

ただコレは成り行き上、『3人であの源頭を目指して来ますよ』なんて、在来調査の黒幕先生に言っちゃったもんだから...


再び脂ビレの採取依頼を受けちゃったんだよね。ここはキビタキ氏が2年前にちゃんと採取完了してるってのに、黒幕先生、採取サンプルは多いに越した事はないってね。

ちょっとこの辺のイキサツも、正直もう記憶は結構曖昧だな。まあそんなのどうでもいい事さ。

ただ何せ在来エノハ調査が皆んなと出会ったキッカケなんだから、黒幕先生の頼みとくれば、そりゃまあ皆んな引き受けるに決まってるよ。


で、この日は図らずも在来エノハ調査の補完釣行、ある程度真面目に釣って脂ビレ採取する事も必要になっちゃったってワケだ。

ミミズ忘れちゃったソコツな僕も、キビタキ氏に分けて貰ったブドウ虫でそれなりに頑張ったね。

最初はルアーでやってみようかとも思ったけど、何せモゲノ隊長がルアーだったから、隊長の前でさすがにソレはちょっと気恥ずかしくってさ。

それでもやっぱり僕のこの日の目当てはあくまで葉ワサビ採取って事に変わりはなかったな。だけどさ、この日の釣行では、その葉ワサビも最終的には極くささやかなオマケに過ぎなくなってしまったんだよね...

でも1年に1回だけ食べる葉ワサビのおひたし、やっぱり美味かったよなぁ。


前置きが随分長くなっちゃったけど、とにかく話を先に進めないと。まったく僕の悪いクセだな。

入渓した源流域、この辺りって確かに元より雨の多い場所なんだけど、去年の豪雨から長梅雨の終わりまでの降水量ときたらもうハンパなくてさ、たぶん北部九州では1番多かったんじゃないかな。



なもんだから、川は土砂で埋め尽くされて原型留めてないかもしれなかったし、エノハは全滅って可能性もまったく考えられない事じゃなかった。

でも実際現地に来てみれば、まあ結局それは杞憂ってヤツだったけどね。

さすがに水量は少ないけど流れる水は澄み切って、豪雨を経ても新緑に映え始めた渓の様相はまばゆくて、エノハだってこの通りの美しさだ。ちなみにヤマメじゃなくてアマゴだよ。


いや、もちろん斜面崩落、土砂流入、流木堆積なんかの爪痕はそこかしこに見られたよ。豪雨前とは、スッカリ様変わりした箇所は多数あったはずさ。

でも僕自身は初めて来た場所だから、以前との比較はできなかったんだ。だからあくまでキビタキ氏から聞いた限りでの話って事だよ。

以前との変化を見つめるキビタキ氏の眼差しは、意外なくらい淡々としててさ、何だが妙に穏やかなものだったな。


でもやっぱりさ、自然の変容に対して人間の想像し得る尺度ってあまりに短くて矮小過ぎるんだろうな。今の山地と谷のおおよその形状が整ってから少なくともウン万年だよ。ウン十万年かな?まあどっちでもいいや。


きっとこれまでにも、数千年単位くらいで想像できない様なバカでっかい力が何度も働いてさ、その都度タマげる様な変化を引き起こしつつ、生息する動植物もアタフタと泡沫さながら生き死に生き死に繰り返して今に至る...

ってコレは僕のテキトーな妄想なんだけどさ。

そう思えばここ数年の豪雨ですらだよ、もっと大きな変容の波から派生した、ごく小さなさざ波って感じのものかもしれないよな。


ってのはまあ、3人がこの日に休憩がてら話し合った話題の一つなんだよ。


まあでも人間の尺度が小さいってのは、ある意味致し方ないとも僕は思うんだ。

世に小さく弱く産まれ出でてから、ワケも分からぬままに日々の生活に追われ翻弄されつつ、小さいままに短く生きて死ぬ。自然の何たるかを悟るには、人の一生は余りに短いもの。

自然の立てるそんなさざ波に過敏に反応しちゃうのも、それ自体はやっぱり人の自然ってものなんじゃないかな。


実際に僕自身、ホンノ少しだけ先の未来を考えれてみれば、現状とその行く末を決して楽観してるってワケじゃない。

億万年単位で良ければ、確かにそんなちっぽけなアレコレ考えたところで、それこそ意味ないんだけどね。人間ってのはさ、まったくもってメンドイ生き物だよな。


そんなワケでさ、小さく短く生きる渓流釣り師であればこそ、豪雨の影響受けつつも力強く生き延びた美麗なエノハに出会えたりすれば、その喜びってのはさ、やっぱイチイチ格別に大きいものなんだよ。


ね、エノハってホレボレするくらい美しいもんだろう?やっぱりアマゴだな。この日釣れたエノハは源頭付近で釣れた1匹だけを除いて、全て朱点あるアマゴだったんだよね。

まあ、コレもキビタキ氏が以前から確認していた状況から変化はない様だったね。キビタキ氏はこの川に8年通って、源頭までの全域を制覇しているんだから確かに間違いない事実だよ。

で、この痩せっぽちのエノハがその例外の1匹でね。ホントもう仕掛け振り込むのも、餌流すのも困難なくらいの水の少ない極限の環境にいたんだ。本州以北なら完成にイワナ域だよね。あ、釣ったのは僕じゃなくてキビタキ氏だよ。


エノハにはちょっと申し訳ないんだけどさ、脂ビレ採取がてらジックリと魚体拝見させて貰ったんだけど、どこをどう見てもやっぱり朱点はなかったね。つまりヤマメってワケだよな。


とにかく筑後川水系の在来エノハ調査補完作業についてはこんなトコだな。僕ら3人が本気出せば黒幕先生へのお土産は完璧ってもんさ。

サンプル個体の在来性判定やアマゴ/ヤマメの境界、遥かに昔に遡っての種の分布経緯についてやら何やら、黒幕先生は今なお頭を悩ませてるみたいだけどね。


ただ黒幕先生の分析もある程度進んでいるみたいでさ、情報開示も徐々に始めてるみたいだし、興味ある人はぜひ色々と探して読んでみて欲しいもんだな。

理解できるかどうかはともかく、興味深い内容である事、読めば読むほど頭痛くなるって事だけは僕も請け合うよ。


ずいぶん話が長くなりつつあるよね。困ったな。まだ話しておきたい事はいくらでもあるんだけどな。でもそろそろ話をまとめに進めないといけない。

そんなワケだからさ、もう源頭付近がどんな感じだったかとか、魚影がどうだったかとか、申し訳ないけど話してる余裕はないんだよ。

もし興味が有ればどこかで会った時にでも、話してあげるからさ。


でも予定通りほぼ源頭までたどり着いたしさ、葉ワサビだって最初の写真通り見つける事はできたんだ。もちろんそれもこれも全部キビタキ氏の案内のお陰だよ。

ただキビタキ氏、この日は歩みを進める調子は、去年会った時と比べても終始ずいぶんゆっくりと慎重な感じでね。

釣行後半は枯れ木2本を杖にして、身体を支えながら歩いていたな。

2週間前くらいに川辺川の源流域に行ったそうなんだけどさ、それがかなり身体にこたえたみたいでね。釣行後の膝の傷み具合ときたら、どうやら相当なものらしかった。

この日のキビタキ氏、正直に言えば、自分の身体や体力に関してかなりネガティブになっている感じだったな。

キビタキ氏はまもなく還暦を迎えるんだ。だからまあ、確かにそれも無理もない話ではあるんだよ...


そうだ。ちょっとここで、キビタキ氏から聞いた昔話しをしておこうか。


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キビタキ氏が初めてエノハを釣ったのは50才になった頃でね、先輩釣り師2人に案内されて半ば強制的に矢部川水系に連れて行かれたそうだ。

基本的に魚の類は食べないキビタキ氏、山奥で魚釣って何がそんなに楽しいのかねぇ、と最初はそんな感じだったらしい。

やっぱり初めてエノハ釣るってのはさ、魚影の濃さにもよるけど、やっぱりそれなりに難しいもんだよね。その日キビタキ氏が釣ったのは、チビエノハ1匹だけだったんだ。


それでも釣り上げたエノハ(山女魚)のその美しさに、イッパツで魅入られてしまったんだって。まるで絵画から抜け出てきた様な魚だと思ったんだそうだよ。

『それ以来、山の女の虜になってしまったんですよ』

とキビタキ氏は笑いながら語っていたな。

その後本格的に渓流釣りに取り組み始めて、やがてアマゴも釣ってさ、鮮やかな朱点混じりのその姿にもやっぱりスッカリ惚れ込んじまったんだね。

ただね、キビタキ氏を初めての渓流釣りに連れていった先輩の1人はさ、当時もう結構な年齢の老釣り師だったんだけど、それから数年で病に倒れて亡くなってしまったそうだ。

老釣り師はさ、病床に臥しながらも最後まで釣りに行きたがったらしい。その気持ちってさ、釣り人諸氏ならきっと良く分かるはずだよね。

『最後に釣らせてあげたくて、おぶってでも連れて行こうかと思いましたよ。でもやっぱりさすがに無理でしたけどね...』

と語るキビタキ氏は、さすがにちょっとしんみりした様子だったな。

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この日キビタキ氏がおもむろにこう言ったのは、そんな話を聞いた前だったか、後だったか、やっぱり僕の記憶はすでに定かじゃない。

『今日は私の身体がまだ動く内に、ここへの入り方を教えておきたかったんですよ。私がもし来れなくなったら、たまに渓とエノハの様子を見に来て貰おうと思って』

と面と向かって言われた時は、僕は正直ちょっと面食らったもんだよ。でもいくら鈍感な僕でも、そりゃさすがにキビタキ氏の真意はすぐに悟ったけどさ。

僕は葉ワサビ採取目的、ホントいつになくお気楽な調子でついて来たつもりだったんだけど、参ったな...


この日モゲノ隊長が同行してくれて、一緒に聞いてくれててホント良かったよ。

もし僕独りだけだったらさ、キビタキ氏の想いを全部一気には汲み入れきれなくて、ちょっと溢れこぼしちゃってたかもしれないな。

もちろんこれからもここの様子は見に来るよ。それは確かに約束するよ。

キビタキ氏がもしこの先弱って動けなくなったとしても、何度だって来るさ。モゲノ隊長だって来てくれるはずだよ。その度に渓の様子とエノハ達が元気にやってるか、キビタキ氏に詳しく話聞かせてあげるに決まってるだろう。


この日の釣行前半で遡行を阻んだこの滝を巡る、3人でのすったもんだのドタバタ喜劇も今や忘れられないね。


今思い出してみても笑いが込み上げてきちゃうんだ。まあ、まとめを急がないといけない事もあるし、どんなドタバタがあったのかくらいは、3人だけの秘密にしておこうか...

そうそうキビタキ氏は、その名の通り野鳥にも詳しくてね。途中休憩して野鳥の話を聞いていたんだけどさ、ちょうどその時に頭上の木にオオルリが飛来したんだ。アレはホントなかなか神がかったタイミングだったな。

3人でじっと見つめていた、文字通りのその瑠璃色の姿はそりゃあもう美しかったよなぁ。


朝は馬鹿みたいに冷え込んだけど、日中は気温もグングン上がって、気がつけば暑くも寒くもないくらいで気持ちのいい釣り日和だったね。

でも僕は想う事色々でさ、釣行後半はちょっと心ここにあらずだったかもしれないな。

ここ数年で色々と一気に経験積んだ事もあったからか、これから先の渓流釣り師としての在り方については時折考え込んではいたんだよね。

それでさ、特に渓流釣りを巡る先人の想いなんかについてはさ、相応の責任を背負い込んでいく覚悟だけは独り決めつつはあったんだよ。


それでもこの日のキビタキ氏の言葉を受けてさ、改めてホントちょっと頭ぶん殴られた様な感覚を覚えたもんだよ。

つまり先人の想いってさ、独り自ら志して背負い込むだけでは足りなくて、想いは深く受け止めつつも、その先で他の誰かに更に継承していかないといけないものなんだよな。

いみじくも、まさにキビタキ氏が実行してみせた様にさ。

だってさ、やっぱり人の一生は余りに短いもの。


しかしフトしたきっかけで始めた釣りがさ、目立たない様に小さく小さく生きてきた自分のちっぽけな人生に、ここまで深く食い込んでくるとは思っていなかったよな。

やっぱりこの日はちょっと、いやかなりビックリしちゃったよ。


ただこの話はさ、決して湿っぽい話じゃないんだよ。湿っぽく感じた人がいれば、それはちょっと僕の話し方に問題があるんだろうな。

だってこの日は、今までの釣行の中でも最も楽しくて最も美しい、思い出深いものになったんだよ。

いやきっとそれ以上だ。僕のちっぽけな人生で、この日ほど自然の強さと美しさと人の想いが調和して、力強く輝いた1日はなかった様に思うな。


おおげさに言ってるんじゃないんだ。冗談でも誇張でもないんだよ。これは誓ってホントの事なんだ。



だって僕はキビタキ氏の想いを受け継いでさ、これから先も小さく生きる渓流釣り師でありつつも。

先人の想いを受け継いで、川の流れに寄り添いその行く末をそっと見守る者。

エノハを含めた川を取り巻く自然の行く末を見守りつつ、新たな誰かに継承していく者。

この日改めて、僕はそういう者になったんだからね。