こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

日本の皆様、
香港の皆様、
諸外国の皆様、
本当に支援などありがとうございました。

倒壊した家からの
思い出のもの探しをしてくれた方。
どこの方かは、おばあちゃんは、覚えてなかったですが、助けてもらえたことは事実。

本当にありがとうございます。





1999年、もう21年前かぁ。
台湾中部の大地震。


久々に、従兄弟と話をした。
1年に1度、この日が来ると、
無事でよかったと。


「いいなぁ、香港。地震が無くて」と
従兄弟は、よく言っていた。
しかし、昨日は、
「香港、自由がなくなった。
今は、羨ましくない。早く戻って来たら?」と
今の香港のことを言われた。


従兄弟とは、短い間だけど、
一緒に南投で生活した。

従兄弟とは、5歳差。
近所からは、「アホ兄弟」だと
思われていたと思う。

家の門の前の道で、ライチを食べ、
種を飛ばすゲームを一緒にやった。
ライチの種が道に転がり、
ゴキブリが大量にいるみたいに見えて、
気持ち悪いのだけど、
従兄弟より、遠くに飛ばしたいから、
数多く、タネをとばし、
負けた方が掃除したなぁ。


家の中は暑いからと、
従兄弟と自分へ、
なぜか、家の玄関先に座り込みでご飯食べたり
紙コップで、紹興酒を飲んだり。

おばあちゃんからは、
「人様に迷惑だから大声で、
騒ぐのは、やめなさい」とよく言われた。
※これ、日本語で言われた。
おばあちゃんの日本語は、天才だった。


思い出したことを書いてみて、
やはり、台湾に次回帰る時は、
従兄弟の顔もみたいなと思った。