私がやっている業務の、とあるプロジェクトにメンバーが取り組んでいるの様子を、会社の同じ部署の若手が、短い動画にまとめてくれました。

 

毎年夏のはじめのこの時期に、佳境を迎えるこの業務。佳境の、ハードな数日の映像。



毎年毎年、この様子を動画にまとめたいなと思っていたのですが、とても私のようなIT音痴には無理だなぁとあきらめていたこと。部署の若手が、やりますよと引き受けてくれました。


動画の出来栄えは予想を超えてよくて、ある意味念願が、理想的な形で叶ったことになります。

 

この時期の業務自体が、ハードな中にも達成感のあるもので、それが映像になるとさらにいいものに思えてきて感無量!


だったのですが、だんだんと、なんだかちょっと気持ちがへこんできて、これはいったいどうしたことか、と。

 

 

喪失感?

いわゆる、ロス的な感じもある。

担当している中でも最もたいへんな業務で、やっている最中はしんどいのですが、それだけに終わるのは毎年少し寂しい。今年、終わりを形にしたことで、その寂しさが増幅しているのかもしれない。

 

自己嫌悪?

自分の力のなさを目の当たりにした感じ。

動画に残すことは、もう数年前からやりたいなと考えていたことなんですよね。だから実現したうれしさがある反面、やりますよと簡単に引き受けてくれて、チャチャッと仕上げてくれる若手の「シゴデキ」な感じに、この程度のことができない自分を目の当たりにした哀しさがある。

 

悔恨?

動画に残したのは若い人たちの取り組みの様子で、音楽にのせて、綺麗な場面だけを切り取ったその映像を見ていると、若さの輝きや尊さが凝縮されていて、自分の若いころの時間は、こんなに懸命で美しくなかったなぁという悔恨の思いが沸いてくる。ひたむきな未熟の美しさにやられてしまう。

 

達成感があって、感無量なんだけど、喪失感があって、自己嫌悪と悔恨に胸が痛むという、感情が忙しくて、疲れていて寝不足なのに眠れない、そんな金曜日の夜でした。

 

若い人たちの姿には、いつも自分の子どもたちが重なる。

たくさんの経験を重ねながら青春を過ごし、こんなふうに、懸命に、キラキラした汗をかくことができるような将来を過ごせるといいなぁと思う。