今日のお弁当🍱

暖色系が過ぎる泣き笑い





頭ではわかっていたつもりなんですが、でも腹には落ちてなかったんだなということがあります。


親ってなんにもできないなってこと。


最近よく考えます。


こないだ紹介しました写真絵本『はばたけ!ツバメ』では、五つの卵から孵った雛のうち一羽だけ、他の四羽と一緒に巣立ちができないのですが、母鳥が励まして、ついに他の子たちより二日遅れて羽ばたいた、という描写になっています。

まあ、絵本なのでね。ハラハラドキドキからの、ハッピーな展開。


でも考えます。

実際問題、最後の一羽を、母鳥はどれくらいなら待てるのかな、とか。ずっと飛び立てなかったら?どうなるんだろう?とか。


ツバメに限らず渡り鳥は、産まれた年に早速、群れで渡りを行う。ある程度の速さや距離をまかなえる飛翔能力は、全員必須ですよね。誰も代わりに飛んではあげられない。休まず飛ぶ。それぞれ互いを助け支えあうこともできない。みんな一人ひとり、それぞれの力だけが頼り。


最後の一羽が飛び立てないままだったら。

母鳥はどこかでその子を諦める瞬間がくるのでしょう。諦めるしかないものね…。


他の鳥たちがみんなぐんぐん成長するなか、羽ばたけない鳥はひっそりと一羽きり、渡りもできないまま季節が変わって…悲しいみたいな感じかな。


野生に生きるというのはシビアだなーって他人事みたいに思っていたんですが、なんか、ふと、ヒトだって同じだよなあって思いました。


ヒトだって、なにも、代わってあげることはできませんものね。勉強も運動も人付き合いも生きることも暮らしも。ヒトの親の方が永く待てるだけ。待てはするけど代わってはあげられない。


辛いこと苦しいこと悲しいこと、結局なんにせよ代わってはあげられないから、子どもたちには、自分たちで飛べる力をつけてもらうしかないんだよなーって。


がんばるのもがんばらないのも、結果も、本人だけのもの。

親には出来ることあまりなく。ツバメと同じ。エサを運んできて、飛べるまで育てて、巣立ちを励ますだけか…。


今日はとりとめもなく、そんなことを考えました。生きるってシビアだ。



妄想に物語の続きを考えたりもする

飛び立てなかった最後の一羽の冒険

死んじゃわないで一人きりで

渡ろうとすると

出会いがあったり危険に出会ったり

だけど本能で辿り着くかしら?

母鳥たちがいる場所に…!

 




月初忙しい仕事でバタバタ余裕なく

なんかイライラもするむかっ

寝ようと思います真顔


読んでいただき

ありがとうございましたニコニコ