こんにちは。

はやくも5月。

さわやかな季節の始まり-ですが・・・

朝から頭ガンガンに痛くて、一日寝ておりました。

生理前。

ヒノキ花粉症。

上司からの嫌な一言が休み前にあって精神的ダメージ。

運動をしたあとの筋肉痛。

いろんなことが重なって、まあしんどい一日でした。

イブクイックを2回飲んで、水分たっぷりとってゆっくり休んで復活。

でも今日は早く寝なくちゃなと思いながら、寝付けなそうな気配です真顔

寝すぎたな・・・笑い泣き

 

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なんでうちの子どもたちって何とでも話すのかね?

と夫。

 

今日子どもたちと公園に行ってきて、娘が、夫の靴と会話をしていたそう。

「新しい子だね?どこから来たの?」

夫が、靴に成り代わって「遠くからだよ」と声音を作って答えると、

息子も

「遠くってどこの国から?きみ、何て名前なの?」

と靴に話しかけたそうで。
 

 

花とか、靴とか、鞄とか、木とか、ブランコとか・・・。

無生物と話すよねぇ。

メルヘン過ぎない?

特に息子。

もう小学生だからさ。

 

と、ちょっと困ったような愛おしいような感じで夫。

 

うーん・・・と私。

あなたは子どもの頃、そうじゃなかったの?

 

え!と驚く夫。

ものと話していたかって意味なら、話してないよ!と。

 

覚えていないだけなのか、それとも本当にそうなのか。

 

子どもの頃、私は話していましたよ。木や花や風や虫と。

 

それは、メルヘンな話というよりも、単純に、空想と現実の境があいまいだったという意味で。

 

例えば『小人の靴屋』を読んだら、靴の中に小人が見えたり。

 

絵本や、素話(と今は言うらしいですね。話し手が即興でつくるお話の事です)などの物語に出てくるものたちと、現実の世界との境界線はあいまい。

 

だからこそ節分の鬼を子どもは泣くほど怯えるわけですよね。

 

(でも大人になっても鬼滅の刃に出てくる鬼など相当に怖いと本気で思うあたり、大人になっても若干、現実と架空などあいまいなままかもしれませんが)

 

子どもを保育園に送っていくとき、別れ際、「ポケットに甘ーいチュウを23個入れておくからね。あとで食べてね」などと言っているのですが、保育園などで転んだ時など、泣きながら、ポケットから見えないチュウを取り出して食べたりしているそうです。

 

今日は息子と、月まで歩いていく空想を楽しみました。

 

図鑑によると、月までは、歩くと11年くらいかかるらしいのですが、11年分のお弁当をどうやって持っていくか、ケラケラ笑いあいながら荒唐無稽な遠足の話、とても楽しかったです。

 

人生のほんのひととき(でもないかも・・・)の、ファンタジーな時代。

 

なるべく長く、楽しんでくれるといいなと、ファンタジー好きな私は思ったりしています。

 

ではではー。

読んでくださりありがとうございました。

 

◎娘の折り紙は、ピシッと折り目が綺麗です。

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なんで寿司シール…?

 

◎息子の折り紙は、複雑なのが多いです。

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◎回る回る~

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