こんにちは![]()
金曜日は、午前中は通院に費やし、午後は2コマのオンラインセミナーを受講しました![]()
プライベートな、といっても仕事と完全に切り離せはしないけれど、個人的な興味に従ったもので、充実した学びになりました![]()
コマの合間に、徒然なるままに、昨日の記事に載せた「にじ」からの連想が進みました。
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「にじ」の手話を覚えた時の事。
「にじ」手話は、歌詞を丸ごとそのまま全部、手話に訳しているわけではなくて、意味をとって、大きく伝えているんだよというようなことを、知り合いの手話通訳の方に教えてもらいました。
「通訳」というのはそもそも、そういうものとロシア語通訳として活躍された故 米原万里さんもご著書で書いてらっしゃいましたね。
大づかみに意味を掴んで、要点を伝えていく。
そう思いつつ「にじ」を手話をしながら歌ってみると、
雨が降って、くしゃみして、雨が上がって、虹がかかって、こころが晴れて…
うんうん、そうだ、うたが伝わる!!
という喜びがあったことと想像して、あの歌に手話を付けた人や、一緒に歌える聞こえない人の感動が伝わってくるようでした。
正しい手話とか、そういうことではなくて、「にじ」の歌の伝えたいことが伝わるということ。
人の手の強さ。
手が言葉になるのは、耳にとってだけでなく、目にとっても、ですよね。
点字、手で読む文字。
手話も点字も、作った人がいて、頑張って覚える人がいて、ホント、そこには人の可能性を信じる力がこもっていると感じます。
と、連想は、視覚障害のある方たちの事へ・・・
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視覚障害のあるひとたちの主な就労先に、鍼灸・按摩、マッサージという職業があります。
私はたまに施術を受けに行きますが、晴眼者(見える人)でも、視覚障害者でも、人を癒そうとする手と志にいつも胸が熱くなります。
大体、疲れきっているときにいくのもあって、
「ああ、ずいぶんがんばっているんですね・・・」って、肩をさすりながら言ってくださるのとか、「優しいなぁ!気持ちいいぃ!ホント神の手!」とかふざけていないと泣けてしまうほど。
だから、人の手の強さと優しさも、人を癒す職業のすばらしさも感じてはいるのですが、一方で、視覚障害がある人は、もっと職業を選べるといいなとも、思ったりします。
可能性はたくさんある方がいいのではないかなーと。
それは、このコロナ禍でも、明らかになりました。
鍼灸按摩、マッサージの仕事は、密室、密着。
さらに、視覚障害のある人は手を使ってものを見るから…。
たとえば衛生習慣として、目やにが出たり鼻水が出たりしていても、鏡などでみて自分で気が付くということがしにくい視覚障害のある人は、こまめに目や鼻をハンカチでぬぐう動作をします。
社会で働く人にとって、清潔感のある見た目は大事だから、特別支援学校(視覚障害)でも、手で触れて、目やにの感触を知るというような指導があると聞いています。
コロナ禍。
マスクで口元を覆って、目元口元、粘膜部分を触らないように、と言われているいま。
衛生習慣と思ってしていることが、自らの生業が、感染源になる恐怖、感染する恐怖。
就労の困難が予想されます。
人と触れ合う仕事で生計を立てる職業の人は、等しく苦境だと思いますが、視覚障害者には、上記の衛生習慣的な感染症拡大期の困難に加えて、「じゃあいまは別の仕事で何とか凌ごう」という選択肢がないという追い込まれ方。
他の選択肢があったらいいのになぁ。
見え方に困難があっても、この時代、できることはたくさんあるんだけどなぁ。
いまだ、就労の途がいばらの道である現状を、どうやったら変えていけるんだろうなー。
考えていることはあるんですが、実現の方法がわからない。
まぁ、そんなに簡単なわけはないんですよね。
焦らないで、地道に、ひとつひとつ考えていこう、なんて思っているうちに次のコマが始まりました。
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自分のために使えた有意義な一日。
たまにこういう一日を作らないと、意識して作らないと、と思ったことでした。
明日は、友達母子が遊びに来てくれます。
家の掃除…片付け…これから、というか、明日の朝やろうかな![]()
「人が家に来るのは最高の片付けになる」とかいいますが、四半世紀以上の付き合いがある友達だとダメだなー![]()
だって子どもが来ますしね![]()
どうせうちの二人と一緒に散らかしますしね![]()
うん、適当で![]()
ではでは、寒くなりそうな日曜日、どうぞ温かくしてお過ごしください![]()
◎かいじ号
毎日子ども新聞のこの記事にひかれての甲府旅行でした。
信玄像も現物を見ましたよ![]()
息子、新聞に載っていたものを見るのは嬉しいようです![]()
■超面白い通訳論。大好きな一冊です。
今日はこれをお風呂に持ち込んでこれからゆっくり一人風呂ですー![]()


