こんにちは。
気が付けば10月も半ば。
早い。
と、いつも言っている気がします![]()
さて。
天狗との仕事が続いています![]()
嗚呼![]()
相性が悪いんでしょうね…![]()
決定的に価値観が違うのに、価値観が表に出る仕事を一緒にしているから、おそらくは、私と同じように、天狗の方も日々ストレスだと思います。
そう思えばお互い様かな![]()
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さて。
というわけで甚だ不愉快なことの多い日ですが、低空とはいえ、案外安定飛行中です。
それはひとえに、手帳のおかげ。
少し前に、来年の手帳を購入した記事を上げましたが、それをきっかけにして、あと断捨離の影響もあって古い手帳なぞ引っ張り出してみたりして、そうだ、そうだ、手帳には力があるのだったと、再確認する日々です。
例えば天狗とのこのところのくさくさするようなやりとりも、まあ概ねどうでもいいことだと常に思えること。
だからといって不快なことに変わりはないのですが。
天狗そのひとも、天狗としている仕事も、私の人生の重要なパーツではない。
「10年スパンくらいの計画をざっくりと立てる。」
ということをやると、それが軸みたいに、芯みたいになって、いくつもある選択肢から、自分がいま必要とするものを選べるようになるような気がします。
30歳の頃、急に、どうしても子どもが欲しい!!!
となって、私が手帳に書いたのは、40歳までに、二人は子どもが欲しいということでした。
バリバリ働く強い母になりたいと思いました。
そして逆算してライフイベントを書き込んだ未来予定表を毎年、毎年、更新していました。
結婚願望もなかったのに、子どもが欲しいと思ったら、じゃあ結婚だ、と思えたり(いまは、結婚は子を持つための必須条件ではないと思いますが、当時の私には必要条件でした)。
35歳くらいまでには一人目を出産しなくては。
それまでに、仕事である程度実績を出さなくては。
そして仕事復帰して、40歳までに二人目を産まなくては。
思うようにいかなかったことも、毎年未来予定を見直して、実現可能性のあるスケジュールに練り直して。
実際には、一人目を出産したのは37歳の時でしたし、仕事でも思ったほどの実績は残せなかったけれど、でも一応は、結婚し、仕事で最低限の実績を出し、二人出産するということを40歳までに実現できました。
「もっと仕事がしたい、成果を出したい」というじりじりするような願望も、
子どもをなかなか授からなかった時期の、生理がくるごとに目が腫れるほど泣いていた濃い闇の時も、とにかく40歳まではがんばろうと思えたのは、30歳のころから毎年、手帳に更新してきた未来予定のおかげだったように思います。
私が第二子を授かったのは、40歳までに出産できる、ギリギリひと月まえのことでした。
あれだけ泣きながら(夫婦仲もいいとは言えないのに)あの時の私は、よく諦めなかったなと今も思うのですが、「来月妊娠出来ていたら…」と、予定上の胎児月齢を毎月書き直していた手帳を見返して、ああ、娘と出会えたのは、手帳に書いていたおかげだと、胸が詰まるこの感情を表現する言葉を私は知らない、って気持ちになります。
あとひと月で、私の妊娠チャレンジは終わりの予定だったんですよね。
40歳以上でも、妊娠は可能だけれど、終わりが決まっていたことは、救いでもありました。
自分で決めた期限に向かってヒリヒリと痛みを感じながら、でも「ここまで」と決めたら、そこまでは、頑張れるものだと学んだ経験でした。
なんだか、ふと気が付くと、毎日の忙しさに追われてしまいます。
10年スパンの、どんなに泣いても叶えたいような、他の大事なものを捨ててでも手に入れたいものも、気が付くと忘れてしまう・・・。
手帳にしっかり書き込んで、未来の予定を書き込んで、足元ばかり見ないで未来の方をみて、先へ、前へっていうのが、精神衛生上も、人生設計上も、私には合っているようです。
今日は子どもたちが、お風呂の後にふたりでメモリーカード(トランプの神経衰弱みたいなもの)をやっていました。
私抜きで。二人できゃっきゃと。
どんなに愛しくても、大切でも、子どもは育っていくのだから。
私も私の夢をもう一度追ってもいいよねなんて思うのでした。
会社でできないことは、会社の外でやればいいのだし。
なんて、「実現するには」と考えると気持ちが広がっていきます。
がんばるぞっと。
ではではー。
週末に向かって、あとひといきですね。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました![]()
■息子6歳。漢字書き取り練習を始めました。
これ自主的に練習したよ!ってわざわざ見せに来たのですが、「人」って字の多さ![]()
画数の少ない文字で稼ぐの、私もよくやったわ!!
考えることはおんなじだなぁ・・・![]()

