こんにちは。
間が空いてしまいましたが、先日の記事の続きです。
この映画を観ての、個人的なあれこれ。
映画の終わり、実在する(公開当時は存命していた)博士と(今もご存命の)彼女の、この映画のあとの人生がどうなったかが、エピローグに書かれるのですが、彼女、スティーブン・ホーキング博士の元妻であるジェーンは、その後自身も博士号をとり、映画にも出てきたオルガン奏者のかたと再婚したということでした。
映画の終わり方の素晴らしい演出にひどく感動していて、これ以上感動できないと思ったのに、上乗せしてきたのがこのエピローグ。
映画の中ではことさらにジェーンの学問について描かれはしなかったのですが、彼女もまた、ケンブリッジに学んだ才媛。
スティーブンに出会って恋に落ちて、直後に進行性の病が判明して、怒涛のように介護と妊娠出産、育児に追われて。
博士は、学問を究めて、『ホーキング宇宙を語る』で世界的な学者となったけれど、その研究だけじゃなくて生活のすべてを、人生のすべてを支えたジェーンが、さらに自分の人生(学問)もあきらめなかったことを知った感動はとても大きかった。
ジェーンだけじゃなく、スティーブンの介護を担った看護師も、大学も、友人も、双方の家族も、ジェーンの後の伴侶となるひとも、博士を、ひいてはジェーンを支えて、それによって『ホーキング宇宙を語る』は書かれたし、あれほどの介護を抱えながら、子どもを育てながらも、ジェーンは自分の人生を全うできたんだな、と。
家族が重い障害を抱えても、一人じゃなければ、自分の人生を諦めなくてすむんだ、とそれは大きな感動でした。
会社の少し年上の同僚に、知的障害をともなう発達障害の男子高校3年生のお母さんがいます。
ちょっとしたトラブルが引き金になって、彼が、通っていた特別支援学校を不登校になって、もうすぐ2年。
同僚は、会社を休職したり、在宅勤務を認めてもらったりしながら、なんとか職を離れることなくいまも、薬のコントロールで傾眠傾向と暴力的になる時期を繰り返す息子さんの介護と仕事をギリギリの状態で両立しています。
不登校になったのは本当にちょっとしたきっかけで、それまでの彼は、障害があるとは言っても、愛されて育ったしっかりものの男の子で、同僚の一家は幸せな家庭だったのですが、一転、彼女曰く「地獄のよう」な日々がもうずっと続いています。
同僚はやせてしまって、暴力性を増す時期の息子さんとの攻防で腕や首にあざを作って、半袖が着られない二度目の夏を過ごしています。
私は何もできずに話を聞いているだけ。
私は親が若いうちに脳に重い障害を負って、高次脳機能障害に進み、そこからある種の平和に落ち着くまでをいろいろを経験しています。
だから、聞いていて気持ちや状況がよくわかるところと、若年の障害者の、周囲の負担の大きさに圧倒される気持ちと半々で話をききながら、この二年、同僚がどんどん孤立していくのを見てきました。
両立も、そろそろ限界かな…この先も子どもと生きてくには、お金も必要なんだけどね…と力なくつぶやく同僚を励ます言葉も、もはやなかったのだけれど。
ああだけど、彼女をこれ以上孤立させちゃだめだ!と強く思った、二週間前の週末。
家族の障害というのは、周りの方が、楽に関われるということがあると以前から思っていました。
家族って、愛しいだけに重く辛いもの。
誤解を恐れずに言えば、周囲はそこまでの愛がないからこそ、「優しく」なれるということがありますよね。
孤立して、そしてなんとなく硬直化してきた、同僚の家族問題に対して、私にも何かできることがあるかもしれない。
「ひとごとだから」できることがあるような気がする。
聞いているだけの時、「不登校、障害。重なるとこんなに家族が孤立するものなのか…」と辛くてどんよりしていたのですが、本気出して調査や問い合わせなどを始めたら少し心が軽くなってきました。
「具体的に動けば、具体的に答えが出る」というのは、相田みつをさんの言葉。
ひとりきりにならないで、というメッセージを送るため、ちょっとやってみようと思います。
私のような素人には、なーんにもできないだろうことはわかっていますが、
一緒に考えるよ!
焦らずのんびりいこう!
という姿勢だけでも伝わるといいな。
いつかは光が見えてきて、自分の人生を諦めなくてもいいと思える日が来ると、信じられますように。
はー、長くなってしまいました。
連休だけどどこも行けない、コロナな、そして長雨の一日に。
あといっこだけ、このネタでおまけのちょっと、いえ、すごく!嬉しかった話
を書いておこうと思います。
ではでは!
また!
今日も最後までお読みくださってありがとうございます![]()
