こんにちは。

 

病児保育を使うことができないと書いた記事に、思いもよらずたくさんのいいねをいただきました。

がんばれーって応援されているようで励まされました。

ありがとうございます。

 

5年後、10年後を考えると、働く自分でいたい。

ならば今頑張らないと、その5年後10年後につながるような仕事はできない。

と思うけれど…という現実の中で、なんとか気持ちの折り合いを付けながらの毎日です。

賢くて潔いひとに憧れても仕方ないと思いつつ、諦め悪くあがいています。

 

そんな中、先週、父方の高齢の伯母が他界しました。

 

父は、早くに父親(わたしにとっては祖父)を亡くしており、年の離れた兄である伯父と、今回亡くなった伯母に、子どものころから成人するまで、大変世話になったということでした。

 

昔のことで父親がいないことであからさまに差別されるようなこともあったそうですが、伯父夫妻の物心両面の支えがあって、父は曲がらずに生きてこられたと、若い頃何度も聞いた話でした。

 

私は血のつながりもなく、ごく近しい親族ではないので、口には出しませんでしたが、90歳、大往生と言っていいと思い、悲しいよりはホッとした気持ちもありました。

 

伯母は認知症の症状があり、生活はだんだんに困難になっていったようでした。

 

私が最後に会ったのは、昨年の夏ですが、もう私のことはわかりませんでした。

 

「おばさん、わかりますか?」

と問うと、

 

悲しいような小さな声で、

「わかんないな…」

と言った、あれが最後の会話。

 

亡くなるときは、とても静かで、眠るようだったということです。

愛して、愛されて、感謝された90年の生涯。

十分生きて、老衰で、それは、いい終わり方だと私などは思います。

 

血のつながらない、幼かった父を慈しみ育ててくれた伯母。

私のことは、干支が一緒だから可愛いと、よくわからない理由で可愛がってくれました。

 

寂しいけれど、お別れです。

生まれて、生きて、死んでいくんだなぁって、当たり前のことを思いながら伯母の安らかな旅立ちを見送りたいと思います。

 

本日も、長文をお読みくださりありがとうございました。

悲しいとは違うのに、口にすると、やはり涙が出そうで話せなかった気持ちを、ここで整理できてよかったです。

 

では、また。

2月に入って、少しずつ、明るく春らしくなっていきますように。