こんにちは。

10月も早くも後半!

年末調整のための保険控除のはがきが届き、「年末」が見えてきて、だいぶ焦りが出てきました。

 

大掃除なんて何も年末の寒くて忙しい時期にやらなくても…と毎年思うけれど、やっぱり全くしないと年は越せないような気持ちになる不思議。

 

結局慌ててやる羽目になるから、11月に入ったら計画的に、早め早めにやろうと思います!

 

と、毎年思っています。。。

 

 

 

さて、掲題の件、離婚への道を歩いていて見つけた、ひとつの実感を書いておこうと思います。

 

自分を棚上げした凄く不遜な考え方であることを認めますが、夫との関係が悪くなり始めた当時、思ったような人と違ったな、と後悔しながら、「私は見る目がなかった」とよく思ったものでした。

 

もっとちゃんと見極めればよかった、と。

 

また、本質的には夫は悪い人ではありません。

夫によく似ている息子は、まっすぐで単純で、優しい性格。

息子を見ていると、夫のいいところを思い出せます。

 

自分の親兄弟にも、私の親兄弟にも分け隔てなく温かく礼儀正しく接する人だし、他人に対し公平で意地悪なところのない人です。

 

わたしとの関係性が悪くて、よくない性質が出てくるのだということはもうずいぶん前から気が付いていたことでした。

 

それは、つまり私が、夫との付き合い方を間違えたのだということ。

 

感情的に「どうしてわかってくれないの」パターンの問い詰めを繰り返したり、夫が一生懸命やることを片っ端から否定したり。

 

いまはぶつかることもなくなりましたが、数年前は、私から吹っ掛けて毎日のように不毛な喧嘩をしていました。

 

だから離婚を考えるときいつも、結局は自業自得だと、自分を責めるようになっていきました。

 

それは、彼を一方的に攻めることを避けるのには役立ちましたが、他責しなければ、自責で気持ちが沈むという流れ。

 

だから、離婚について考えるのはいつもとてもつらかった。

 

でも、最近少し気持ちが変わってきました。

 

ここしばらく、過去を丹念に振り返ってみています。

 

確かに、すべては私が自分で招いたことだけれど、それは認めるけど、しかたなかったよねと、自分を許せるようになってきました。

 

過去の自分を過大評価しないようになったのだと思います。

 

もっとうまくやれたはず、という思い込みを捨てることができて、私は私を許すことができました。

 

恋愛体質ではない私には、男性の本質見極めるほどの恋愛経験はなかった。

 

育ってきた環境が違うから価値観の相違が否めないひとと、分かり合うための努力のつもりの喧嘩もとても下手だった。

 

姉妹で育ち、男性と暮らす感覚がよくわかっていなかった。

(父親は自分にとって「男性」ではないので)

 

結婚を意識した当時、私は諸般の事情で非常に自己評価が低くて、優しくしてくれて、好きだと言ってくれた彼にあの頃確かにとても救われた。

 

振り返ってみたら、結婚の動機さえ不純なのです。

好きだからじゃなくて、優しくしてくれたから。

 

あーあ、なんかいろいろわかってきたなあ、と。

確かに失敗は失敗だけれど、学べばいいのよね、と今思います。

 

なんだか思ったよりも長くなってしまいました。

お付き合いくださってありがとうございます。

少しずつ整理できて来たので、悪い人では全然ない夫と、どうしても結婚生活を解消したい理由も、近々まとめていこうと思います。

 

またこんな話題を書いておいてアレですが・・・。

日曜日、どうぞ楽しくお過ごしください。