平和への願いを。
以前、とある国の船が沈没し、たくさんの犠牲者が出たというニュースをたまたま一緒に見ていた知人が、
「痛ましい事故だけれど、沈没したのが〇〇国の船でよかった」
というようなことを言いました。
私はとても驚いてしまって情報処理が追い付かず、バカみたいに
「え?」
聞き返すと知人はまっすぐ私を見て
「〇〇国ってなんか気持ち悪いよね。嫌いなんだ」と言いました。
私は、「ああ…」と返すのがやっとでした。
恐ろしかった。
普段、とても親切な、明るいその知人を、恐ろしいと初めて思いました。
「どこどこの国の人」なら痛ましい事故の犠牲者になってもいいという感覚は、恐ろしいです。
「ユダヤ人は虐殺されてもしかたない」とホロコーストが行われ、
「日本人なら、犠牲になってもいい」と原爆は落とされたのではなかったかと思うから。
何度も書いているのですが、私はとても臆病で、戦争も、
ときどきふとものすごく怖くなることがあります。
ときどき、のうちの一回は、八月。
広島、長崎、終戦記念日。
あの時代を生きていたら、私のような庶民は、空襲で、原爆で、犠牲になったたくさんの人たちと同じ運命をたどったのだろうし、もし私がユダヤ人だったら、強制収容所で飢えて凍えて打ち捨てられた一人になったのだろう。
子どもたちも?
そう、子どもたちも。
そして今現在も、紛争地域では望まぬまま巻き込まれて、逃げ場もなく苦しんでいる人たちがたくさんいるということ。
そんな諸々も思いで、苦しくなるのがこの時期の恒例です。
私は臆病で、無力で、世界のために何もできず、平和な状況下でしか、子どもたちも自分のことも守れない。
だからただ、祈るだけなのですが、どうか、平和な世の中でありますように。
「どこそこの国」「どこそこの国の人」というあいまいなくくりで、本当かどうかわからない情報をもとに憎んだり、貶めたりすることがなくなりますように。
もうすぐ、子どもたちと夫が帰省先から戻ります。
たった3日だったけど、体調も体力も回復。
平常運転に戻ります。
今日はこれまでです。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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