こんにちは。
今日は午前中、ママサロンにお邪魔してきました。
すっかり常連と化し、気楽に話せるご近所のママさんが何人か。町で会って挨拶したこともあります。とりあえずは十分な関係。ここで出会ったママさんの一人と、先日一緒に遊びに行きました。近々第二回のお出掛けを計画しています。いよいよママ友と呼べる関係になるかな。ドキドキしながら展開を楽しんでいます。
さて、本題。共働き夫婦の子育て、夫との協力について。昨日からの続きです。
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夫をパートナーではなくスタッフと思うことにしたのはなぜか。
身もふたもない言い方をすれば、分かり合えないことが分かったから。
平日は毎日深夜帰宅の夫は、保育園の送り以外子どもとの触れ合いがない。
でも子どもって毎日変化している。
例えばここ一カ月の間、母子は娘の保育園入園に向けてタイムスケジュールの変更に一緒に取り組んできた。そうやって新しい暮らしに順応する準備をしている。
これから始まる忙しい毎日。仕事と家事に追われる母と、小さな心と体で外の社会に出ていく子どもたちは、助け合って日々を暮らしながらお互いへの理解しを深めあっていく。
夫はというと。
普段いないから、理解を深めようがない。いいとか悪いとかじゃなくて、それが現実。価値観の違いとかではなくて、同じ問題を同じくらい考えていれば、考え方が違っても同じ土俵と思えるけれど、考えている時間も、付き合う時間も全然違う。パートナーとは言えない。
町中で、子どもを𠮟りつけているお母さんを見かけることがある。ひどい言葉と、大きな声。子どもは委縮して上目遣いにお母さんを見上げている。
そういう場面に遭遇すると、夫は「嫌だなぁ!」と顔をしかめる。子どもがかわいそうだ、あんな怒り方しなくてもいいのに、と。
私もそう思う。「そうだね」って答える。
でも、本心はもっと複雑だ。
子どもさんは確かにかわいそうだ。公衆の面前で、あんなに叱られるのはつらかろうと思う。同時に、あのお母さんも相当辛いだろうなとも思う。
子どもを叱って、せいせいしているお母さんってまれだ。(それはもう虐待だから別の話。)
感情的に叱った後、どれだけ嫌な気分が残るか、私も経験済みだ。
まして、公衆の面前で自分を飾れないほど𠮟りつけているということは、自宅ではどれだけ…と気持ちが沈む。お母さんも子どもさんもさぞ辛いことだろう。
育てやすい子どもばかりじゃないし、育てやすい時ばかりじゃない。それでも育児って毎日なの。怒られて子どもかわいそうって、そんな単純じゃないよって思うけど言わない。
わからないと思うから。だって夫はこれからさきも、毎日育児、しないから。
何度書き直しても、どこか責める感じが残ってしまう…!
いまは心平和にこのことを考えているんだけどな。
無理なのだわ、とよくわかった出来事がある。それでストンと胸に落ちた。
私が子育ての責任者。彼は私のサポートをしてくれる人。それでいい、と。
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凄く嫌な人間に見えるうちの夫ですが、実際はそんなことないんですよ。
基本いい人だし優しいお父さんです。
次でちょっと名誉挽回できる予定です。話もずいぶん重く暗くなっていますが、前向きなトーンになるはず…。
よかったらまたお付き合いください。
本日とても長文になりました。
最後までお読みくださってありがとうございます。
