短大から大学に編入 | 人生行き当たりばったり落ち着かない。〜アラフォー元ニート引きこもり女のブログ〜

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オタクで腐ってるアラフォー(引きこもりニート歴4年)が、友人には内緒で半生の振り返るブログ。ニートとブラック企業転々としたあと、教育業界でもブラックで死にかけた。息子生まれた。

失敗した編入試験を真面目に考えました。
私の地方ではそれなりに名前の通ってる大学が、夜間部を持っていた上に、家から徒歩10分という高立地でしたので、そこを目指しました。

今度はそれなりに論文試験対策と、面接試験対策して臨んだところ、なんとか編入者一人枠に入れました。

病院との往復だけをしていると気が病むので、家と病院以外に行く場所が出来たのが嬉しかったです。
その後、母の希望もあり教員科目も取りました。

編入とは、前の大学の単位をだいたい62単位が流用できます。
三年次編入の場合、卒業までに128単位と、卒論をとります。そのうち、元々取ったよと認められる62単位があるため、残り66単位を2年で取ります。
夜間大学は、6時から10時過ぎまでに1日2コマの授業がありました。
昼間部は、朝から5コマの講義をうけることができますが、夜間部はそうはいきません。全日2コマを月曜から土曜まで落とすことなく取って行く必要があります。
これに加えて、教員用の単位を40単位ほど取る必要がありました。
教員用の講義は、昼間部でしかやっていないため、昼間部の時間に教員講義、夜間部の時間に専門講義を受ける生活でした。朝9時から夜10過ぎまで、7コマ埋まってる日もありました…
また、空いてる時間は病院に行き母の世話をし、家事をしました。
病院と大学と家は自転車でどうにか頑張ってました。
教育実習や、介護等体験といった校外に出ての研修もこの中でこなしつつ、3年なので研究室に入り、卒論を見据えたレポート提出に追われました…
さすがに全てを一人でこなすなんてできないので、サークルに入って仲間を作りノートのやりとりや情報、たまに代弁してもらいつつ頑張りました。



まぁ、よく頑張っていた気がします。
でも、3年の終わりに母は亡くなりました。
ここから怒涛の転落をしました。