私はこのところ、
ずっと自分のプライドと
闘っています。
よくもここまで立派に
大きく大きく
プライドを育ててきたものだなぁと
我ながら感心します。
親のコントロールに従ったお陰で
高学歴になり
親の望みどおり
一生使える資格を取り
親・夫の転勤により海外に住んだおかげで
語学も堪能
その他頑張って秀でた特技もある
私はそれらの事を使って
生きてきたし(お金を稼いできた)
これからも
これらのことを生かして
何かをしていくのだろうと思っていました。
何より
これらの事を使って
承認欲求を満たし
自己肯定感を上げ
巨大なプライドを築き上げてきました。
これらひとつひとつの技能が
生きていく上で価値があり、意味があるものだと
思っていました。
けど、気付いてしまいました。
私はこれら全て、ただ
「プライド」について学ぶために
やってきたことなのだと。笑
そう気付いたとき、
私は気が抜けたというか
な〜んだ!!!と
ものすごく腑に落ちました。
技術や才能は役に立つけれども
それは私にとっては
プライドを学ぶための
道具でしかなく
そんな道具でプライドを保つような
あり方を見直し
私の存在そのものに
価値を見出し
技能才能に頼らずに
自分を生きていくことができて初めて
また、全ての肩書き、才能を取り払った
おひとりおひとり
その人自身を
みる事ができるようになって初めて
私のこれまでの附属品は
意味を持つ、
ということでした。