大掃除中、夫にものすごく



物申したくなりました。



普段の生活について



家や道具の使い方について



日々のこまめな後片付けや簡単な掃除について



今思うと要は



「私の思うように」協力してやって欲しい…



ということでした。




一通り伝えると、夫は



「使った後に拭くのが苦手なんよ」



と言ったのですが



私はそれは



「苦手とか得意とか関係なくて、するかどうかは同居する人への思いやりがあるかどうかじゃないのかな」



と伝えました。



その後しばらくお互いダンマリした後、



何事もなかったかのように普段通りなのですが



事の最中は



沸々と怒りが沸いていて



感情的だったのですが、



いざ言ったとき



「これは感情任せに言ったら負けなやつだ」



と瞬間的に思いました。



実際には勝ち負けではなく



さらに正確に言うと



私 対 夫



ではなく、



私 対 私



の世界での事です。



他人に物申したくなるとき



それは



自分が自分に言うべきこと



だというのはわかっています。



今まで感情的に



まるで相手が悪い、相手のせいであるかのように



目の前にいる相手に「言う」



選択しかなかった私からすると



自分を顧みず



また同じことをするというのは



今までの私に屈してしまっている



ということ。



今回の場合、私が私に伝えたかったことは?



私は、私の行動を



苦手 か 苦手じゃない か



で選ぶのではなく



家族への思いやりや



モノ、環境、関わる方々への感謝



をもとに



選んでいきたいんだ



ということ。



それさえわかれば



別に夫に



何か言おうが言うまいが



どちらでも良かったのだと思います。



明らかになった私の価値観をもとに



淡々と行動し



宇宙に示していけばいいだけのこと。



夫はもちろん、



夫の価値観で今まで行動を選んできて



それも夫の世界では



正しいことです。



人の在り方は人それぞれであって



どれも「アリ」で



特定の価値観を強要することはできません。



生活をともにする上で



お互いにこうしていこう、という話し合いは



大事だと思うのですが、



一方的な価値観の押し付けは



相手にとっては理不尽だし



直さなきゃなと思います。



私側からばかり考えているけど



「拭くのが苦手」の真意は?



その苦痛の程度は、他人にわかるもの?



人は、他人には思いもよらないものが



苦手だったり得意だったりして



その感覚は



他人にはわからないので



「拭く」行為に対して



私には計り知れない苦痛を



何か夫は



持っているのかもしれないし。



となると、完全に



「私の」



思いやり不足です。



まだまだです。