昨日、3歳になったばかりの娘が
私の思い入れのあるおもちゃ(長男が赤ちゃんのときから大事にしているもの)を
ぐちゃぐちゃに
修復できないまでに
破壊して、
私に教えてくれた。
私は一瞬で怒りが沸き
悲しみも込み上げた。
何でこんな事をしてしまったのだろう。
私は娘を問い詰めた。
けど、
沸騰した私を鎮められる答えなど
あるはずもなく![]()
瞬く間に冷静になった。
ただただ無邪気に遊んだ結果
そうなったことは
よくわかっている。
おもちゃに勝手に特別な意味を持たせ、執着しているのは私。
ものは大事にしたいけど
必ずしも
大事にする = 壊さない
大事にしていない = 壊れる
ではないように思う。
無我夢中で遊んだ結果
壊れることなんていくらでもある。
それは、見た目の話。
私が
「壊す」
という言葉に
ネガティブな概念をつけているだけで
「割れる」「バラバラになる」「破れる」
など
それらは果たして
悪いことなのだろうか…?
それらはただの状態であり、
割る、破る、分解する、なども
ただの行為、ただの経験ではないだろうか?
娘は
悪気もなければ
悪いこともしていない
ということで
自分の中で整理がついた。
ただ、そういう状態になってしまったことで
もうそのおもちゃが
使えなくなってしまったことは事実。
娘に私が伝えたいことは…?
「母ちゃんはこのおもちゃが大事で
まだまだみんなで遊びたいと思っていたんだ。
けどもう使えなくなったのが
とても悲しい。
だからもう
こんな使い方しないでね」
伝わったか伝わっていないか
わからないけど
娘は目に涙を溜めて
じっと聞いてくれていて
最後に「うん」と頷いてくれた。
何とか同時進行で、怒りの次段階に辿り着けて
良かった…
言っている途中で
再利用する方法も思いついた。
何だ、何てことないや![]()
また同じような事が起きたとしても
あぁこのおもちゃは
この子の
こういう欲(分解したい、破りたい、など)を
掻き立てる存在なのだなと
冷静に思えるかなと思う。
あとは私が
物に勝手な思い入れを抱き
執着しないことだな![]()
大事にするのはとてもいいことだけど
必要な時には
精神的に
いつでも何とでも
パッと離れられる
身軽さでいたいです![]()