小学3年生の息子がこう言った。

 

 

「母ちゃん、働く能力があるのにニートでいることは、犯罪らしいよ。ってことは僕、犯罪者だね!」

 

 

彼は学校に行っておらず、親のお金で生活しているから

 

自分はニートだという認識らしい。笑

 

 

私が関心したのは、

 

 

既に「自分には働く能力がある」

 

 

と本人が感じているということ。

 

 

小学3年生。

 

 

何と頼もしいことか照れ

 

 

彼の目に写る世の中には

 

これは今の自分にも出来そうだ

 

と思うものが

 

あるのだろう。

 

実は、たくさんあるのかも知れない。

 

そして実際できることって

 

沢山あるのかもしれない。

 

 

私は正直

 

彼(子どもたち)自身の将来を心配することはないけど

 

 

子どもたちが少し大きくなって

 

家を出てしばらく

 

私が経済的な面で

 

サポートしていけるかどうか、ということに

 

不安を感じる時がある。

 

 

 

でも、彼の言葉を聞くと

 

子どもたちは

 

自分で生きていく大きな力を

 

既に持っていて

 

私の助けなんて

 

究極なくても

 

彼らは何とかやっていくのだろうなと

 

思えた。

(仕送りしないという意味ではない爆笑

 

 

 

 

 

私には同い年のいとこ(女の子)がいて

 

私たちがそれぞれの実家を出る時

 

私の両親は

 

当然のように

 

私に仕送りをすることを決めてくれていて

 

一方

 

従兄弟の父(叔母は亡くなっていた)は

 

学費も生活費も全部自分で何とかしてね

 

という方針だった。

 

 

私の両親は叔父の在り方を

 

あり得ない!

 

と批判していたけど

 

 

私は叔父の決断に

 

子どもへの絶大な信頼を感じたし

 

勇気ある決断を

 

ただただ凄いと思った。

 

そしてその状況で

 

見知らぬ土地でやっていこうという

 

従兄弟の逞しさを思い

 

心から尊敬した。

 

従兄弟は3人兄弟で

 

叔父は全員に対して平等にそのようにし

 

全員が

 

それぞれの学生生活を

 

実にユニークに乗り切り

 

今や全員家庭を持つようになったけど

 

やっぱりとてもユニークで魅力的ラブ

 

 

 

 

叔父にとって

 

金銭的なサポートはせず

 

ただじっと見守ったあの期間は

 

色々と苦渋の時もあったかもしれない。

 

でも

 

あの叔父の愛のかたち、大きさを思うと

 

私は今でも涙が流れます。

 

 

必ずしも

 

愛 = お金

 

じゃない。

 

 

もちろん、家族全員が

 

生きていくための最低限のお金は

 

得られるようにしておくこととして

 

私も

 

物やお金とはまた別の愛を

 

いっぱいいっぱい

 

与えられるような人になりたいなと

 

思います。