たかがイメージ、されどイメージ | 「 Accomplishing the impossible 」

たかがイメージ、されどイメージ

ペタしてね


何事にもイメージはある。


相撲取りは、体が大きい。


東大生は頭脳明晰。


障害者は、心優しい。


O型はおおざっぱ。


A型は神経質。


日本人は、カメラ好き。


etc.・・・



でも、所詮イメージ。


東大生にも、落ちこぼれはいる。


体が小さくても相撲取りは相撲取り。


障害者にも、志が高く、他人のことなどお構いなしの奴もいる。


血液型なんて、確たる証拠も出揃はず。


そんなイメージとリアルは違ってくるのは当たり前。


でも、そのイメージを悪く使おうが、善に使おうがそれはその人の勝手だ。


先の防衛医医大教授の痴漢容疑での、最高裁での判決は、


「無罪」


である。


地方、高等で有罪の判決を受けたのにである。


猥褻罪でこれは初のことらしい。


「それでも僕はやってない」の映画にあるとおり、いままでに多くの濡れ衣をかぶった人たちがいただろう。


そこには、社会的地位が低くても戦った人もいただろう。


でも、今回の件には”イメージ”が少なからず働いただろう。


「あの大学の教授がまさか・・・」


「頭いいのにそんなことするはずがない。」


「社会的地位もあるのに何で・・・」


良くも悪くも、それは人の判断に作用はする。


判決理由が、


「証言に矛盾がある部分がある。そして確たる証拠もない。」


同じ理由で、有罪判決を受け、苦しんでる人はいる。


今回の判決に、中には気に入らない人も少なからずいる。


でも、今回は無罪。


社会的地位の高い者への有罪判決は、以降の周りの目もあるだろう。


もしかしたら、何らかのコネがあったのかもしれない。


痴漢をやってても、やってなくても無罪は無罪。


今回の判例で、警察も少しごたごたするようだ。


これ以降の事件で、やってない人が有罪を受けないようになればいいのだが。



わかるように、イメージは弱点にもなるし、強みにもなる。


「人は見た目が9割」も、イメージが与える影響力を表してる。


たかがイメージ、されどイメージ。


               pine