今日は息子の予防接種に行った。今日も泣いたがよく頑張った。次は1歳になってからなので、しばらくお注射はない。
そんなこんなで今日は久々に母子手帳を読み返してみた。今日はこれを読みながら思いつくままに、私の妊娠・出産をかる~く振り返ってみようと思う。
息子は30週まで逆子だった。このままじゃ帝王切開なのか~。別にどっちでもいいや。と思って逆子体操もせず、のんびりのほほんと過ごしていたら、ある時お腹がグルンと動く感じがして、次の健診日(32週)には逆子が治っていた。
陣痛が怖くて密かに「帝王切開でいいからね。」とお腹に話しかけていたので、逆子が治ったエコーを見て心の中で舌打ちをしたのを覚えている。無痛分娩?そんなものはなかった。
でも結局、児頭骨盤不均衡(胎児の頭が骨盤の幅よりも大きくて通れない)のため、息子は40週と5日で帝王切開で産まれた。親孝行な子である。息子は何も悪くない。ただ、帝王切開も麻酔が切れたら痛いことは痛かった。
そして今現在の私の体重は、10週の時の体重と一緒だ。最近糖質オフダイエットを始めて、もうすぐで妊娠前の体重に戻れる。この調子で独身時代の体重まで落とすぞ!
10週は母子手帳をもらって、初めての妊婦健診の日だった。初めてお腹の上からのエコーをしてもらった。息子はもう手足が見えていて、ビヨンビヨンと飛び跳ねていた。私は確かエコーを見て泣いたと思う。
26週の健診のとき、先生がいつもより長くお腹のエコーを見ていた。そして、「ここにへその緒があるんですが、これがこーなってあーなってこーなってるんですが、これは単一臍帯動脈といいます。」と言った。
何のことやらわからないので、「へ~。そうなんですか~。」と応えて終わったのだが、その後待合室で調べてだんだん不安になった。
単一臍帯動脈とは簡単に言うと、へその緒には血管が3本通っているのが正常なのだが、それが2本になっている状態らしい。染色体の異常とか、もともと3本あったものが途中で詰まってしまったとか、そういうことが考えられるらしいのだが、気になるのが単一臍帯動脈と診断されたうちの3割の子は何らかの障害を持って産まれるということだった。
先生にこういうケースは多いんですか?と聞くと、「あんまり居ないね。うちでもそんなに居なかった。でもほとんどは何もなく産まれてくるから。ただ今はこれ以上のことは何も分からない。」と言われた。
毎回健診でお腹の子の大きさを測るとき、いつも頭が大きくて足が短いことも気になった。体重は大きめだった。
高齢妊娠(39歳)だし、体外受精だし、もしかしたら障害を持って産まれてくるのかもしれない・・と落ち込んだのは3日間くらいで、その後は腹が据わったというか、なるようになる!というか、どんな子でも育て上げてみせる!という変な気合と自信が湧いてきた。
その後も相変わらず頭は大きく、足は短く、胎動はそこまで激しくなく(あばらが痛いなどと1度も思ったことない)、体重も大きめなまますくすくと育った息子は、その他には特に何も指摘されることもなく、予定日を過ぎてやっと顔を見せてくれた。今のところも特に問題なく育っている。
ちなみに帝王切開の手術中は、麻酔のせいか、自分が水の底に沈んでいるという幻覚をみていた。
水面上に先生や看護師さんたちがいて、私のお腹を施術している。私は水の底に沈んでいて、それを見上げている。
息子が産まれて少し浮上し、その後も少しずつ浮上して、最後にやっと水面上まで浮かんでこれた時に、「あ、今まで私、水の底に沈んでたわ!」と気付いた。上手く説明するのが難しいんだが、ベッドの上に自分は寝ているんだが、同時に水の底にも沈んでいる自分が居るという、なんというか・・・そういう体験をした。
息子が産まれてしばらくして(まだ手術中)、お腹が軽くなったように感じ、「あー!!お腹が軽くなった~」と言って、先生が「えっ?!軽くなった??」と驚いていたのだが、他の方はどうだろう?帝王切開の手術中にお腹が軽く感じた人はいないんだろうか?
そんなこんなで現在に至る。
不妊治療で子供を授かったのだが、凍結された受精卵があと4個ある。その卵の凍結期間が今月で切れてしまう。期間を延長するか卵を破棄するか今月中に病院へ連絡しなければならない。4個のうち胚盤胞まで育ったもの(より妊娠の確率が高い卵)は1個。残すとしたらその卵ひとつだけにするつもりだ。
帝王切開で出産した私は産後1年間は妊娠できない。なので次に妊娠できたとしても42歳。産むのは43歳。息子を妊娠中は色々と体がしんどくて「もう二人目は絶対に無理だ」と何度も思ったのに、産んだ途端にその苦しみを忘れてしまった。むしろまた妊娠・出産の喜びを味わいたいなどと考えている。夫とは何度も「うちはもう一人っ子で。」と結論を出してきたのに、未だに病院へ連絡できずにいる。悩む。