こんばんは。
カエです。
ここらでちょっと略歴を
病弱な母とちょっとモラハラな父との間に生まれた第一子(長女)なわたし。
母が病弱なため自立せざるをえなく、幼稚園の時ですでになんでも一人でやっていた。
アトピーがひどく、関節という関節がぐじゅぐじゅだった。
小学低学年で、年の離れた妹が生まれる。
妹中心の毎日。遊びに行く先も妹に合わせ、母が起きている少ない時間も、全て妹のために使われ寂しい子ども時代。
母は雨戸を締め切り光も音も遮断し洗面器でげーげー吐いているため、友達を家に呼ぶことはなかった。
高学年の頃には、週5~6日洗面器を抱えて寝込む母の代わりに育児も家事もがんばった。
自由奔放に遊んでいられる友達が羨ましかった。
姫のようにわがままを許される友達も、休みの度に遊びに連れて行ってもらえる友達も羨ましかった。
気付いたら、なんだか浮いちゃう子どもになってた。
父は単身赴任していた。
小学生時代、家族と楽しく過ごした記憶はほとんどない。
中学生ですでに炊事も洗濯も風呂掃除も部屋の掃除もしていたが、時々洗濯などの家事をさぼると「おまえは何にもしない」と母にも母の友達にも責められた。
それと、母は巨漢だったのね。
数日嘔吐を繰り返したまに少量の食事を摂る生活だったので、それが無理なダイエット→リバウンドみたいになってたからだと思う。
決して大食漢だったわけではなかったんだよ。
小学2年生の頃に「おまえの母ちゃんデーブ!」って男子にからかわれたり、
クラスメイトの保護者に「あなたのお母さんは体がほら、ああだからよく食べるでしょう?(くすくす)」みたいに笑われたことがありとても悲しかった。
デブは恥ずかしいんだ。
デブなだけで笑われるんだって思ったの。
母のこと恥ずかしかった。
母のことが好きだったので、そう思ってしまう自分に自己嫌悪だった。
絶対太りたくない!って思っていたけど、わたしの体重はずっと右肩上がりだよー。
振り返ると、男に依存しちゃうのも、孤独が恐怖であることも、女性性に1ミリも自信がなかったことも、しょうがなかったな~とは思う!
でも、いつまでも「過去がああだったから」って悲劇のヒロインでいるのはいや!
わたしは自由なんだー!
というわけで足掻きまくってきたわけです。
もっと自由になるために、ブログを書こう!って思ったの。
しょうがない!って気づいたら、あとはその鎖をどんどん切って身軽になっていくだけだよ。
わたしはメンタルから取り掛かったよ。
でもボディから取り掛かる方法もある。
結局どちらかが整ってくると、全体的に整うのだろうなって思う。
わたしもまだ調整中!
何が誰のスイッチになるか分からないから、わたしの発言も何かの役に立つかもしれない(^^)
(少なくとも、自分の頭の中の整理には役立ってる!)
それがブログを書くモチベーション!
カエ。
