昔、キリスト教系のセミナー合宿に

参加した時のはなし・・・。



そこでは、途上国の現状や
クリスチャンとしてどう途上国を
支援してゆくべきかを、座学で
みっちり1週間かけて学んだ




・・・はずなのに、





合宿で学んだ内容は全て忘れた。







今でも印象的なのは

大阪から講師として来ていた

牧師の事だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その大阪の牧師は、ベジタリアンだった。






合宿中には、

畜産の現状を学習するための
時間は一切なかった。
 

 

私は当時、肉食クリスチャンだった。

 

 


にもかかわらず、なぜ私は

大阪の牧師がベジタリアンだった事が

こんなにも心に残っているのか・・・。





大阪の牧師は、私が人生で初めて

出逢ったベジタリアンだった。
ちょっと特異な存在に映ったのだろう。

 

 

 


大阪の牧師は、休み時間や

食事の雑談の時にだけ

「牛さんや豚さんは可哀想やわ~」

「俺はあんな可哀想な殺され方を見たら
 肉なんて食べられへんわ~。ヒ~ン」

とよく冗談交じりに語っていた。





当時肉食人種だった私は
そんな話を聞いても家畜の屠殺は

なんかフワッとしていて実感がなく、

事の深刻さを分かっていなかった。






大阪の牧師は食事の席では

一人だけ、

肉や魚を食べていなかった。



私の記憶違いかも知れないが、

大阪の牧師は食事で座る席についても

1人だけみんなとはちょっと離れて

食べていたように思う。

 

 

でも会話にはちゃんと参加して

その場を盛り上げていた。





合宿の食事係は毎年同じ人

(クリスチャン)が担当しており、
毎年講師を務めていたその牧師が

ベジタリアンである事を知っていた

はずなのに、肉や魚を使った料理

ばかりつくって出していた。


例えば、その料理の奉仕者は

カレーを作ったとしても、
牧師のために肉の代用品として
豆を用意する配慮はなく、
大阪の牧師は肉を抜いて

もらっただけのカレーを食べていた。




もしバリバリのビーガンだったら

例え特別メニューをつくってあげた

としても、一度でも肉料理に使ったのと

同じ鍋で作ったら、それだけで

「エキスや臭いが残っている」

と毛嫌いして受け取らない人もいる。

 

 

でも大阪の牧師は、料理の奉仕者に
自分用の料理を特注する

(負担をかけさせる)わけでもなく、
クリスチャンのくせに肉を食っていた

私たち生徒を批判するわけでもなかった。




私が今、ブログの中で
肉食クリスチャンを批判して

わめき散らしているのとは
大違いだ・・・!!






私は思う。
あの大阪の牧師は
真の主の証しびと

だった・・・と。


 

時を経て、大阪の牧師を

通して神を見る。

 

 

 

私は今、神の愛を語りながらも

肉を食っているクリスチャンを

見るとどうしても、

人を傷つけて盗みを働いているのと

同じ分際の者が、どの口で言う!w

と滑稽に思えてしまう。

 

 

例えるなら、毎日息を吸うように

レイプをしておきながら

「ハレルヤ!☆彡」 と言っている

牧師がいたらギョッとしないだろうか?


 

「大袈裟な~、動物は話が別でしょ」

などと言い、他者の尊厳がピンと

来ないクリスチャンの心は、

マジで肥え鈍らされており、

耳が遠く、目も堅く閉ざされている。

(イザヤ 6:10)

 

 

相当ヤバい。

 

 

「人の信仰を批判してはいけない」

「自分だって肉を食っていた時代があったのに」

「クリスチャンは主に許されているのだから・・・!」

と言い聞かせても、

沸きあがる違和感を抑えきれない。

これは私の罪である。

 

 

 



でも大阪の牧師は頻繁に訪れる

食事の席で、肉食クリスチャンに

配慮をしつつ、

動物を食べない事で

神の愛をあらわしていた。
 

私には充分伝わった。

 

 

 

 

まさに

地の塩、世の光

だったと思う・・・。

 

 

 

 

 

 

実際私がベジタリアンになったのは

合宿から数年後。

 

教会からも離れて久しく

街中の映画館で1人で見た

いのちの食べ方」という

ドキュメンタリー映画がきっかけだった。

 

あの牧師の祈りが、数年かかって

私に届いたのだろうか・・・。




私は映画で

動物を食べる事は、


血まみれ

リンチ

スプラッター

ホラー

 

の世界と切っても切れない

関係であると悟った。

 

 

 






私はあの合宿の時、

大阪の牧師から屠殺の映像を

みんなに見せて欲しかったと思う。
 

 

なぜなら、

家畜と肉食人間の関係は
南北問題や格差社会の問題に似ているから。

は?どうして?とまだ分からない人は、

過去の記事を読んでくれ。



 

百聞は一見にしかず。

私の考えと行動はもっと早く

変わっていたと思う。


 

 

 

 

 

 

後にも先にも、ベジタリアンの牧師に

出会ったのは、合宿の時に知った

あの大阪の牧師1人だけだ。

 

 

 

私は教会に行かなくなって長年経つが、

もしあの牧師の執り行う礼拝が

近くであるのだったら

重い腰を上げて行ってみたいな・・・

と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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