December③ 2011

三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)/三島 由紀夫
¥546
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ブックカフェでふと手に取り読み始めた。カフェでは読み切れなかったけど、気になっていたので図書館で借りて読んだ。

三島由紀夫ってこういう文章も書けるのかぁ、と懐の深さを感じる。まぁ三島由紀夫作品をそんなに知っているわけじゃないけども。軽快なテンポ、ウィットの利いた言葉、ユーモアに富んでいながら人間というものをよく描けている。善良な人よりも、裏表があってちょっと人を困らせるのが好きな人って魅力的、と思えてくる。(同僚になるのは勘弁だけど。)

特に、登場人物、氷ママ子の手紙は含蓄に富んでいる。心に留まった文を以下に書きとめておく。
「大ていの女は、年をとり、魅力を失えば失うほど、相手への思いやりや賛美を忘れ、しゃにむに自分を売り込もうとして失敗するのです。」
「恋愛というものは「若さ」と「バカさ」をあわせもった年齢の特技で、「若さ」も「バカさ」も失った時に、恋愛の資格を失うのかもしれませんわ。」

その他、手紙を書く際に参考になったこと。
・相手は自分に興味を持っているに違いない、自分の手紙に関心を持って読んでくれるに違いない、と思うことは錯覚。その思い込みをまずは捨てるべき。
・恋文は自分のことではなく、相手の魅力をサラリと書くべし。
・英語の手はへたくそな英語でいい。文例集にあるような慣用句などを変に使うとチャーミングさがなくなる。英語の上手下手にこだわらず、とにかくすぐ返すこと。2,3行でもいい。

作者から読者への手紙というものが文末に書かれていて、これまた興味深い。この作品が書かれたのはもう40年くらい前だろうと思うが、人の世はまったく変わっていないのだな、と改めて感じる。変わったのは手紙という手段が大部分メールという手段にとってかわられていること。
でも相手が自分の手紙を重要視する理由は4つしかなく、①大金②名誉③性欲④感情だと。①~③は迷惑メールが物語っている。②名誉にからむ迷惑メールは少ないかもしれないが、相手の関心をひくものはいつの時代も同じ。④の感情というのが幅広くてやっかいだけど、これをなんとか伝える場合であっても、「相手は自分のことに興味をもっていない」という大前提から始めるべし、というのがこの本の教訓かな。

ほんと、人間って自分にしか興味ないから。何とも苦い事実を知ることが大人になるってことねぇ。

December② 2011

【送料無料】 「なんで挨拶しなきゃいけないの?」マナーの「ナンデ?」がわかる本 マンガで学ぶ新...
¥1,260
楽天

職場の貸し出し可能な本の中にあったのでなんとなく読んでみることに。
まぁ普通のビジネスマナー本と内容は同じだけど、四コママンガとかが入っていて読みやすい。
あと、例外的な場面もいろいろ書いてくれてあるので、実際に「そうそう、こういう時はどうすればいいのか知りたかった~。」ってのが結構載っていてよかった。

私も社会人5年目なので一応ビジネスマナーというやつを多少は知っているつもりだけど、新たに知ったことを以下に列挙。はっきり言ってうちの会社の人はビジネスマナーには相当ゆるいので、私が無知なのは会社のせい、ということで。。。

・名刺を先に出すべきなのは、①訪問した側②目下側③紹介された側。上司が部下を伴っている際は上司から。
・先に名刺を出すべきなのに、相手に先に出されたら「お先に頂戴いたします」と言って受取り、「申し遅れましたが・・」と言って自分のを出す。
・ミーティング時に腕組みや足組みはNG。
・「了解しました」は敬語ではないので、「かしこまりました」「承りました」を使うべし。
・「わかりません」では相手にやる気無くとられる懸念があるので、「わかりかねます」を使うべし。
・電話で「折り返しご連絡します」と言ったら10分以内に。
・接待の場など、飲食の場所で名刺をもらったら机上に置いておかず、名刺入れに入れてしまう。
・階段を上る際は、お客さんを前にして、自分が上にならないようにする。ただしお客さんが初めてで建物内のことを知らない場合は「お先に失礼します」と言って前を行く。
・お茶は「どうぞ」と言って右後方から出す。(もちろん状況に応じて左でもよい。)机が書類等で埋まっている場合は、サイドテーブル等で「こちらでよろしいでしょうか?」と聞くか、「どちらに置けばよろしいでしょうか?」と聞く。参加者が打ち合わせに熱中していても、「どうぞ」と必ず声をかける。
・お茶を持っていったら人数が増えていたら、まずは全部出して、自社側の一番下の人を後回しにする。足りなかった人には「すぐにお持ちします」と一声かけて戻る。
・初対面同士の人を紹介する際は、自社側から紹介する。お客さん同士を紹介する際は役職の低い人がいる方の会社から紹介する。要は、より大事な人にそれ以外の人を紹介する、ということ。
・お茶を出されたら、相手から「どうぞ」と言われる前か、相手が口をつけるまでは先に口をつけない。上司がいる際は上司が口をつけたら自分も口をつける。
・午前11時までの電話に出る際は「おはようございます。○○会社です。」という。3コール以上待たせた場合には「お待たせいたしました。○○会社です。」と言う。
・名刺に携帯番号と会社の番号両方書かれていたら、「お電話はどちらにおかけしたらよろしいでしょうか?」と聞いておく。迷った場合はまずは会社の方に電話して、出た人に携帯にかけていいかどうか聞く。
・応接室で長椅子と一人用の椅子があったら、長椅子をお客さんに勧める。ゆったり座ってもらえる方をお客さんに。

む、結構あるな、知らなかったこと。。。
元保険会社の同僚などは電話対応がスンバらしいのでいつも感心する。
マナーってくだらないなーと思いつつ、やはりできた方が美しいよな。。。
明日からちょっと気を付けよ。

December① 2011

【送料無料】 トマシーナ 創元推理文庫 / ポール・ギャリコ 【文庫】
¥903
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これも河合隼雄の「猫だましい」で紹介されていた本のひとつ。
これは確かに名作だと思った。河合隼雄が推すのもよくわかる。物語としてもとてもおもしろいし、子供から大人まで幅広く楽しめる。それぞれのレベルでそれぞれに思うところがあると思う。子供のときに読んで大人になってからまた読んでもいろいろな発見がありそうだ

動物愛、生死、安楽死の是非、神とアミニズム、宗教、自然と文明、子どもなりの率直さと気遣い、大人の本音と建て前、母性愛、父性愛、友情、職業に対する夢、教育・・。

いろいろなテーマが包含されているのに、決して重くなく、おもしろくてあっという間に読めてしまう。
突然、バスト・ラーという女神が出てくるあたりでギョッとしてしまうが、終わってみると、この物語にとてもいいユーモラスな一面を与えている。女神というものも大変なのだな、と妙に納得してしまう。

猫の描写は基本的に前回読んだ「猫の教科書」と同じトーンで、そこはポール・ギャリコの一貫した”猫観”なのだろう。”声のないニャーオ”も効果的に使われている。

結果的にはあの獣医の診断は誤診だったということになると思うんだけど、そこについての謝罪が無いのが最後まで腑に落ちないところ。まぁ獣医が自分の生き方すべてに対する罪の意識に目覚めたということで、謝罪を口にするかどうかは問題でないのかな。そのあたりはキリスト教の精神に対する理解がないとよくわからないのかも。

猫好きには猫好きの読み方もあるが、猫好きでなくても、ぜひたくさんの人に読んでほしい本だ。
November② 2011

猫語の教科書/ポール・ギャリコ
¥1,325
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ポール・ギャリコは、前に読んだ河合隼雄の「猫だましい」で紹介されていたので読んでみることにした。

猫を飼っている人(飼われている人)にはぜひ読んでほしい。猫がいかにして人の家を乗っ取るか、人を飼うようになるか、そのノウハウを書いた、猫による猫のための教科書。猫の視点から人間の本質が語られていて素晴らしい。
子どもでも楽しめる簡単で小気味いいユーモアに富んだ文章なのに、その中身は人間の観察をし尽くした人しか書けない深い内容。ポール・ギャリコという人がいかに懐の深い人間か、というのがわかる。以下にいくつか引用。

「そう、人間の感じるこの孤独こそ、猫にのぞましい家庭と奉仕をもたらしてくれる最大の要因です」
人間は習慣の動物で、しかもたいへんな怠け者でもあるの。だから洗脳すればどんなことでも信じこむし、ある状況を運命として受け入れさせるには、目を慣らしてやりさえすればいいのです。」
ありがたいことに人間にも、まぁ少しは知性らしきものがありますから、猫のいろいろななき方、いろいろなニャーオがいったい何を意味するのかがまんづよく教えてあげれば、理解するようになります。・・(中略)・・もちろん教えるのは猫の役に立つことばに限ります。なぜって必要以上にことばを使って、人間のおしゃべりにまきこまれてはめんどう。長いこと人間と暮らして観察した結果わかったのですが、人間どうしのもめごとの原因はいつも必ずことばです。人間って、しゃべってはもめごとの種をまきちらす変な生き物なの。」
「もしも人間が虚栄心を持っていなかったら、猫が人間を飼うのは今よりずっとむずかしかったことでしょう。・・(中略)・・猫が目的を達することができるかどうかは、ひとえに人間の虚栄心にかかっています。虚栄心こそ人間のアキレス腱なのです。」

この本は写真が豊富に入っていて、本文に出てくる猫と同一かどうかはわからない、と断ってあるが、この写真もまた秀逸。私も猫を飼っているけど、こんなにいいショットは絶対に撮れない(撮らせてもらえない)。
この撮影者はスザンヌ・サースという人で、この人も完全に猫に家を乗っ取られている人の一人。どれだけの時間を猫と一緒に過ごしたらこんないい写真が撮れるのか、と全く驚嘆する。とにかく猫というものは呼んでも振り向かないし、じっとしていてほしくても「待て」ができないし、特に子猫時代のかわいいショットを撮るのは至難の技。そういう意味では、この本は猫の写真集としてもかなりハイレベルだと思う。

この本を読むと猫を見る目が変わる。ちょっとだけ疑いをもつようになる。「この声やしぐさにだまされてはダメ」と心の片隅で声がするようになるかもしれない。でもそれでもいいんだ。すべて猫に手玉にとられていたとしても、それでもいい。あらゆることを勘案しても、猫に飼われている方が人間は幸せなのだ
November① 2011

椿の花に宇宙を見る―寺田寅彦ベストオブエッセイ/寺田 寅彦
¥1,890
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よく社説欄などで寺田寅彦の随筆が引用されたりしていて、ずっと気になっていた。図書館で検索したところ、池内了の編集でベスト版があることを知った。池内了は大学の講義でお世話になったことがあり、何となく他人の気がせず、迷わず借りることに。

蛆(うじ)の効用についていろいろな分析をしている。寺田の生きていた時代でもすでに蛆が駆逐され始めていて、はたして蛆を絶滅させることが人類にとってプラスになるのか?という疑問を投げかけている。これは現代にもまったく当てはまることで、いろいろなばい菌が社会から目の敵にされているが、ばい菌がまったくない環境で生活することが健康長寿につながるとは思えない。

この随筆集を読むと、寺田の随筆はこういった、現代にも通じることに科学的観点から一言申す、という形の随筆が多い。というか、ひとつの随筆の大半の部分は普段目にする現象に科学的考察を与え、最後に社会や人間の本質を顧みる、という形が多い。これは、科学が社会と切り離されてはおらず、科学的知見が社会を見る目としても役立つということを感覚として寺田が持っていたからだろうか。

また、寺田は五感をフルに活用して普段の生活から観察・実験をしている。実験といっても道具を使うわけではなく、誰でも今すぐできるようなことだ。ただそれをやってみようとするかどうかの違い。

「近代の物質的科学は、人間の感官を追放することを第一義と心得て進行してきた。(中略)これほど精巧な、生来持ち合わせの感官を棄ててしまうのは惜しいような気がする。」

腕をいっぱいに伸ばして指を直角に曲げ視線に垂直にすると、指一本の幅が視覚にして約2度。太陽や月の直径の視覚が約0.5度。これってかなり有効なものの測り方だ。今の教育ではこういう「概略な見当のつけ方」を教えない、と寺田は嘆いているが、まったくその通り。。。寺田の時代から「お勉強」教育が始まっていたのか、ということがよくわかる。ずっと昔に警鐘を鳴らしてくれていたのに現代の教育の状況を見たら寺田は墓の下で心底がっかりするだろうなぁ。。。

それから、満員電車は駅を通過するごとにますます満員に、空いている電車はますます空く、というような現象を説明しているのもおもしろい。電車の混雑状況には周期性があり、1,2本見過ごせば空いている電車に快適に乗れるのに、人はわれ先に満員電車に乗ろうとし、その行為でさらに満員度合を増進させるように努力していることになるそうだ。この観察は本当におもしろい。何か哲学的ですらある。

火の玉や人魂を怖がらない子供たちを見て、こういっている。「そういうものを怖がらない子供らを、少しかわいそうなようなきもするのである。怖いものをたくさんにもつ人は幸福だと思うからである。怖いもののない世の中を淋しく思うからである。」これでこの随筆は終わっているが、なんとも余韻のある終わり方だ。科学的に火の玉の検証をしていたかと思うと、最後にこういう哲学的な思想が書かれているのが寺田の随筆のパターンでもある。

「落ちざまに虻(あぶ)を伏せたる椿哉」という漱石の句があるらしい。これにも科学的な検証をしている。通常、椿は下向きに落ちても空中で回転して上向きに地上に落ちるらしい。(ただし地面に近いところから落ちると一回転する間がなく、そのままうつむきに落ちることもある。)寺田の考察によると、虻が椿の花にしがみついていたために、微妙なバランスが崩れ、一回転できずにそのままうつむきに落ちたのではないか、だから「虻」と「伏せる」はセットなのだと。ははぁ、俳句もそうやって読み込むことができるのか。まったく脱帽。

その他、気になった随筆の一部を抜粋。

「虫のすることを見ていると実におもしろい。そして感心するだけで決して腹が立たない。私にはそれだけで十分である。私は人間のすることを見ては腹ばかり立てている多くの人たちに、わずかな暇を割いて虫の世界を見物することをすすめたいと思う。」

「科学の進歩を妨げるものは素人の無理解ではなくて、いつでも、科学者自身の科学そのものの使命と本質とに対する認識の不足である。深く鑑みなければならない次第である。」