☆解釈がややこしいといわれている「There's構文」と、当たり前に使われている「I am Taro」は「同じもの」である。すなわち「There's構文」はとても簡単なものである、という証明をしました。この考え方を「中村不二雄の旧約聖書理論」といいます。
しばらく前に開催されたデビッド・ボウイの展覧会のタイトル「David Bowie is.」
これなんかも、立派なひとつの文です。
これに、形容詞や動詞ingやさらには副詞が「つけたし」されて、文はさらに生き生きとしてくるのです!
※基本的に「前置詞+名詞」=形容詞です。そしてそれは副詞としても機能します。副詞は逆に、形容詞としては基本的に機能しません。
David Bowie is.
「DBは、いる」
つまり、この文や、He is「彼は、いる」や、I am「私は、いる」などは、ここで文が一度終わっています。あとは「つけたし」の理屈をおぼえれば、文はいくらでも長くすることができ(同じ主語が、同時に物事を行っていることが条件)て、あっという間にネイティブの表現に近づくことができます!
☆「つけたし」の理屈☆
同じ主語が、同時に物事をおこなっていることを表現する場合は、
文のあとに、
①形容詞(前置詞➕名詞)や、動詞ingがいくらでもつなげられます。
例:I am ➕from England➕ living in Japan.
「私はいる、イングランド出身で、日本に住んでいる状態で」
②I am ➕Taro.など、be動詞を使った最初の文の「直後ならば」名詞はそのまま置けます。ただし、そのあとに名詞は単独ではもう置けませんので、置くときは必ず前置詞を前に入れること。英語は基本的に、文の直後に名詞は置けないのです。I went to Yokohama ➕him.とは言えませんよね。この場合ならwithとかが必要❗
→I am Taro.やI am a teacher.などの文は本当は名詞の前にasが入っているのですが、キリがないので省略されているのです!ですから本当は
I am as Taro from England living in London.
「私はいる、タロ―として、イングランド出身で、ロンドンに住んでいて」となります。文の後に名詞は一切来ていません。前置詞+名詞の形容詞や動詞ingばかりなのがわかりますね。
③最後に副詞をちょっと置けばさらにグッド❗
例I went to Shinsaibashi➕ with him➕ yesterday.
→yesterdayは我々が普段使うときは、圧倒的に副詞ですね!それに、本当はon yesterdayのonが省略されています。これからも、文の後に名詞が単独で置けないのがわかりますね。
つづいて、
There's構文について。
市販のテキストなどには「構文をよく見ると、文頭に意味のない There が置かれていたり~」などと書かれていたりしますが、もともとは、旧約聖書冒頭にある「Let there be light. There was light.」からもわかる通り、thereは旧約聖書の冒頭を読めばわかりますが、神様が世の中を創り出す前のそこらじゅうが闇の中であるところの、「そこ」という意味です(ホントはさきほどのTaroのように、lightの前にasが必要。つまりlightもTaroも私たちも、英語の世界では〇〇としての「そこ」でしかないのです)。で、I amなどと同様にThere was~もbe動詞のところで文は一度終わっています。意味は「そこはあった」です。つまり、「そこ」という明確な三人称単数の名詞なのです。そしてその「そこ」が、ある名詞としてたくさんあったとしても、主語はthereなのですから、There are/wereなどとする必要はまったくありません。つまり、asをちゃんといれて表現すると、
There's as a lot of oranges on the table.のようになります。
「そこはある、たくさんのオレンジとして、テーブルの上に」です。
そしてこの文は、
I am as Taro from England living in London.とほとんど同じです。
つまり、I am TaroとThere's構文は同じなのです。
これだけでもあなたの英語の能力は一気に向上するはずです。
しばらく前に開催されたデビッド・ボウイの展覧会のタイトル「David Bowie is.」
これなんかも、立派なひとつの文です。
これに、形容詞や動詞ingやさらには副詞が「つけたし」されて、文はさらに生き生きとしてくるのです!
※基本的に「前置詞+名詞」=形容詞です。そしてそれは副詞としても機能します。副詞は逆に、形容詞としては基本的に機能しません。
David Bowie is.
「DBは、いる」
つまり、この文や、He is「彼は、いる」や、I am「私は、いる」などは、ここで文が一度終わっています。あとは「つけたし」の理屈をおぼえれば、文はいくらでも長くすることができ(同じ主語が、同時に物事を行っていることが条件)て、あっという間にネイティブの表現に近づくことができます!
☆「つけたし」の理屈☆
同じ主語が、同時に物事をおこなっていることを表現する場合は、
文のあとに、
①形容詞(前置詞➕名詞)や、動詞ingがいくらでもつなげられます。
例:I am ➕from England➕ living in Japan.
「私はいる、イングランド出身で、日本に住んでいる状態で」
②I am ➕Taro.など、be動詞を使った最初の文の「直後ならば」名詞はそのまま置けます。ただし、そのあとに名詞は単独ではもう置けませんので、置くときは必ず前置詞を前に入れること。英語は基本的に、文の直後に名詞は置けないのです。I went to Yokohama ➕him.とは言えませんよね。この場合ならwithとかが必要❗
→I am Taro.やI am a teacher.などの文は本当は名詞の前にasが入っているのですが、キリがないので省略されているのです!ですから本当は
I am as Taro from England living in London.
「私はいる、タロ―として、イングランド出身で、ロンドンに住んでいて」となります。文の後に名詞は一切来ていません。前置詞+名詞の形容詞や動詞ingばかりなのがわかりますね。
③最後に副詞をちょっと置けばさらにグッド❗
例I went to Shinsaibashi➕ with him➕ yesterday.
→yesterdayは我々が普段使うときは、圧倒的に副詞ですね!それに、本当はon yesterdayのonが省略されています。これからも、文の後に名詞が単独で置けないのがわかりますね。
つづいて、
There's構文について。
市販のテキストなどには「構文をよく見ると、文頭に意味のない There が置かれていたり~」などと書かれていたりしますが、もともとは、旧約聖書冒頭にある「Let there be light. There was light.」からもわかる通り、thereは旧約聖書の冒頭を読めばわかりますが、神様が世の中を創り出す前のそこらじゅうが闇の中であるところの、「そこ」という意味です(ホントはさきほどのTaroのように、lightの前にasが必要。つまりlightもTaroも私たちも、英語の世界では〇〇としての「そこ」でしかないのです)。で、I amなどと同様にThere was~もbe動詞のところで文は一度終わっています。意味は「そこはあった」です。つまり、「そこ」という明確な三人称単数の名詞なのです。そしてその「そこ」が、ある名詞としてたくさんあったとしても、主語はthereなのですから、There are/wereなどとする必要はまったくありません。つまり、asをちゃんといれて表現すると、
There's as a lot of oranges on the table.のようになります。
「そこはある、たくさんのオレンジとして、テーブルの上に」です。
そしてこの文は、
I am as Taro from England living in London.とほとんど同じです。
つまり、I am TaroとThere's構文は同じなのです。
これだけでもあなたの英語の能力は一気に向上するはずです。