わたしが与えるものは、すべてわたし自身に与えられます。

文句を捧げてしまっていたのかな。
今置かれている状況は私が作ったんだ。
でも、と言い訳をする。
そして相手を攻撃をするように見せかけ、
自分を攻撃する。
あっちが先に私を非難した
あっちが先に私を攻撃した

このイリュージョンは見たくない。  
もう辞めたい。
このパターンはヤダ。

私が間違ってるんでしょ、訂正します!
と、投げやりにお願いしてたかもしれない。言葉はもっと丁寧だったかもしれないけど、本当に心から芯からお願いしていただろうか。

言葉の痛みなどの表面の痛みに耐えられず、ただ痛みから逃れたい、それ一心だったのではないか?
痛いから一緒に見てってスピリットにお願いしてたかも。

誤りを訂正してください。
でも、何が誤りなのか私はわからないので
それを一緒に見せてください。

分離なのだよね…
何で分離してしまうのか?
愛を恐れているから
光を恐れているから
と、言葉では頭に入っている。
でも言葉だけで理解はしてない。

瞑想を続けると
まだ愛は一つじゃない、色んな大きさや形があると思っているようだ。
友達、親、仕事の人、電車で会った一瞬の人、人によって違うと。
全ての人に同じ愛を渡せるのか? 
みんなに渡したら私は疲れ切ってしまうと思った。
これこそ誤りだ。
疲れるようなことは愛ではなかった。