「…本当にごめんね」
カスミが呟く。
俺は、半裸のままベッドに横になり、天井に描かれた極彩色の小惑星群の中に一体くらいエイリアンが隠れていないかと探しているところだった。
「…このベッド、回るって。」
彼女は俺の隣で勢いよく倒れ、ため息をつく。
カスミは大学院でハイブリットイグアナの生態について研究している23歳の女性で、よく行くバーのマスターから常連として紹介されてからの関係だ。夜に待ち合わせ、翌朝、駅で別れるのが大体で、彼女がどこに住んでるかとか、昼間、何をしているかなどについて、俺はほとんど知らなかった。「いつかは昼間に会いたいね」などと彼女は笑ったが実現したことはなかった。俺は(たぶん彼女も)あの頃はそれで満足だったし、要は、持て余した若さを吐き出す場所が欲しかった、それだけだ。そう思っていた。
あの日も、いつものように渋谷駅で待ち合わせ、馴染みのホテルに入った。しかし、いざそのときになって彼女が『ダメな日』になった、と言い出したのだった。そんな訳で、文字通り、ヤルことのなくなった俺は天井のエイリアン探しに精を出していた。
「なんかいた?」
「…なにも。エイリアンも、サイヤ人も、ボバ・フェットも。なんもいない」
彼女は笑った。愛想笑いだ。彼女の愛想笑いをするときの顔が“二徹後の鈴木蘭々”に見えることがあった。
「残念だったね。でも、宇宙って拡大し続けててね、観測可能な宇宙以上の領域がまだたくさんあるの」
「…」
「でね、その観測されない領域には何があると思う?」
「…なんだろうね。エイリアン?」
「う~ん。惜しい。正解はね、ドッペルゲンガーって言っちゃうと少し違うんだけど、要はね、“そうであったかもしれない私たち”がいるの」
「今日が“ダメな日じゃなくって出来てた俺たち”ってこと?」
「もう!」
少しふくれたカスミは“起き抜けの高見沢俊彦”に見えた。
「まあ、でも、そういうこと」
視線を天井に戻して、話を続けるカスミの横顔が今度は“ソロ活動中の普段より生き生きとした坂崎幸之助”に見えた。
「でね、私が言いたいのは、宇宙の拡大と私たちの日々の選択には相関関係があるってことなの」
真剣に持論を展開するカスミは、“桜井賢”に、と言いたいところだがそれは出来ない。なぜなら俺は以前、“桜井賢”に似てる、と言われたことがあるからだ。これだけは譲れなかった。
「私が何かを選ぶってことは、逆に言うと“選ばなかった私”つまり“そうであったかもしれない私”が生まれるってことよ。きっとその瞬間に、宇宙は広がるの」
俺は、頭の中に流れる『メリーアン』が気になって、いまいち彼女の話を真剣に聴くことが出来なかった。彼女は続ける。
「『Men In Black』って映画観たことある?」
「…ああ、うん」
観たことはなかった。
「ノー」と答えるべきだが、そのとき俺の頭の中は「燃え上がれ 愛のレジスタンス」と熱唱する桜井賢の高音でそれどころではなかったのだ。
「その映画の中でね、猫の首輪についていた球体が銀河だったってことが明かされるじゃない? あれ観てて思ったんだけど、『ぷっちょ』のプチッとしたところって実は宇宙なんじゃないかしら」
「…え?」
「だから、あの、お菓子の『ぷっちょ』のプチッとしたところは実は宇宙なんじゃないかって」
「…」
「世界中の人々が何かを選択し、“そうであったかもしれない自分”を生み出すとき、あの『ぷっちょ』のプチッとしたところも創られるのよ」
「…」
「そして、そこには“そうであったかもしれない世界”があるの」
「…」
空調の音が聞こえる。
そして、俺は恐ろしいことに気づいた。
もし、カスミの立てた仮説が正しかったとしたら、つまり、世界、そして、宇宙が、『ぷっちょ』のプチッとしたところであるとするなら、この俺の身体は、水飴で出来ていることになってしまうんじゃないか。
カスミの声が聞こえる。
「もし“私たちが昼間に会うことが出来る世界”があったらなんて…」
俺はカスミの言葉を最後まで聞かずに部屋を飛び出した。
夜の円山町を駆け抜ける。
桜井賢の透き通った高音はもう聞こえなかった。
「自転車が私を追い越そうとしたんです。狭い道だったんで私が塀側に沿うようにしました。自転車に乗っていたのは若い女性で、後部座席には女の子が座っていました。女性は自転車から降りて、自転車を引きながら私を追い越しました。」
「ねえ、痛いことしない?」
「しないよ」
「本当に?」
「本当。」
「本当に本当?」
「本当に本当。」
「ウソつき!」
「え?」
「だってだって、カナちゃん、前歯にオチューシャされたって言ってたもん!」
「カナちゃんが、でしょ?大丈夫。イクミはオチューシャされないから。」
「じゃあ、何しに行くの?」
「今日は検診。」
「ケンシン?」
「そう。お口の中に悪い菌がいないか調べてもらうの。それだけよ。」
「痛くない?」
「痛くないわよ。全然。ちーっとも。」
「もし悪い菌がいたらどうなるの?」
「それは…」
「女性は私を追い越してしばらく行くとまた自転車に乗って走り去って行きました。だけど、遠ざかっていく中、後部座席の女の子がチラチラ私を見るんです。私は直感しました。助けを求めている、と。でも、自転車と私との距離は広がっていく一方で、それに見ず知らずの子に何をしてあげたらいいのか、途方にくれてしまって。考えた末、私は昨日観た、映画「プラトーン」の名場面を再現しようと思いました。両膝を折り、両手を広げ、天を仰ぎ見ました。すると、自然と“God is dead.”という言葉が口をついて出たんです。そして、女の子と目が合って、彼女の口が“Tomorrow is another day.”と動いたように感じた。これが、私が御社に興味を持ったきっかけです。」
って、面接で言ったら落ちた。
「ねえ、痛いことしない?」
「しないよ」
「本当に?」
「本当。」
「本当に本当?」
「本当に本当。」
「ウソつき!」
「え?」
「だってだって、カナちゃん、前歯にオチューシャされたって言ってたもん!」
「カナちゃんが、でしょ?大丈夫。イクミはオチューシャされないから。」
「じゃあ、何しに行くの?」
「今日は検診。」
「ケンシン?」
「そう。お口の中に悪い菌がいないか調べてもらうの。それだけよ。」
「痛くない?」
「痛くないわよ。全然。ちーっとも。」
「もし悪い菌がいたらどうなるの?」
「それは…」
「女性は私を追い越してしばらく行くとまた自転車に乗って走り去って行きました。だけど、遠ざかっていく中、後部座席の女の子がチラチラ私を見るんです。私は直感しました。助けを求めている、と。でも、自転車と私との距離は広がっていく一方で、それに見ず知らずの子に何をしてあげたらいいのか、途方にくれてしまって。考えた末、私は昨日観た、映画「プラトーン」の名場面を再現しようと思いました。両膝を折り、両手を広げ、天を仰ぎ見ました。すると、自然と“God is dead.”という言葉が口をついて出たんです。そして、女の子と目が合って、彼女の口が“Tomorrow is another day.”と動いたように感じた。これが、私が御社に興味を持ったきっかけです。」
って、面接で言ったら落ちた。
「日本と中国の間で問題になってる、東シナ海の油田あるでしょ。知ってる?」
なぜ、この女はベッドの中でそんな話を振ってくるのだろう。と思ったが昨夜出会ったばかりで、これといって話題もなかったので俺は続きを聞いてみる事にした。
「知ってるよ。それで?」
「それでね。絶対に言わないでね?これ企業秘密なんだから。」
「言わないよ。」
「.....実はね。その油田で湧いているものっていうのが、油は油でもラー油なのよ。」
「ふーん。」
「えー。なにそのリアクション。もっとなんかないの?」
「.....なに、ゆーでんねん!」
渾身のギャグだった。
それからしばらくして「辛そうで辛くない少し辛いラー油」が旧日本国で爆発的にヒットし、桃屋の社長が都知事になった。
今日は102011年6月7日。
人類がクローン技術による不老不死を手に入れてからもう100000年近くが経とうとしている。
俺はその女が桃屋の社長秘書をしていると言っていたのを 思い出していた。
なぜ、この女はベッドの中でそんな話を振ってくるのだろう。と思ったが昨夜出会ったばかりで、これといって話題もなかったので俺は続きを聞いてみる事にした。
「知ってるよ。それで?」
「それでね。絶対に言わないでね?これ企業秘密なんだから。」
「言わないよ。」
「.....実はね。その油田で湧いているものっていうのが、油は油でもラー油なのよ。」
「ふーん。」
「えー。なにそのリアクション。もっとなんかないの?」
「.....なに、ゆーでんねん!」
渾身のギャグだった。
それからしばらくして「辛そうで辛くない少し辛いラー油」が旧日本国で爆発的にヒットし、桃屋の社長が都知事になった。
今日は102011年6月7日。
人類がクローン技術による不老不死を手に入れてからもう100000年近くが経とうとしている。
俺はその女が桃屋の社長秘書をしていると言っていたのを 思い出していた。
