何が効くって大祓詞ほどのものはないんじゃないか
このところ、時々、大祓詞 という古い祝詞をあげることがあるのですが、どうも…大祓詞ってすごく「効果」があるように思えてならない。
大祓詞とは、中臣氏が宮中で唱えていた祝詞です。645年の大化の改新で政権を握り、栄華をほしいままにした中臣鎌足は、死去に際して天皇から藤原姓を受けます。以来、藤原氏は大いに栄えたのは、今でもたくさんの藤原さんや●藤さん、○藤さん(藤原氏と関係があることが多い)という姓が残っていることからも分かります。
そんな、古い歴史が生きている祝詞が、大祓詞です。大祓とは、もともと6月と12月の末日に行われる儀式で、禊のための祝詞です。が、神社では毎朝となえられてきています。
このような、呪文、マントラ、祝詞は、宗教のあるところ、どこでも唱えられているといってもいいでしょう。インドでもたくさんのマントラを耳にしたり、実際に唱えてみたりしてきました。わたしはチベット仏教のサキャ派の灌頂を受けたのですが、そのときも、サンスクリットの文言を、常に唱えなさい、といただきました。
Wikipediaによれば、大祓詞も「唱えれば唱えるほど功徳が増す」とされており、何千回、何万回も唱えるという行があるらしいです。
わたしはお経とか祝詞とかマントラの響きが好きなので、お寺や神社などの場所に行けば唱えます。
しかし大祓詞はちょっと別で、自宅で朝唱えているのです。1回読むと15分くらいかかる、ちょっと面倒くさい祝詞なのに、なぜやるのか。
わたしが頂いたチベット仏教のマントラも、それはそれはすてきな響きではあるのですが、そして1分で終わるくらい短いのに、ぜんぜん唱えたりしません。(ごめんなさい。。)
実は、このような呪文系が好きなのにも関わらず、具体的な効用については関心がなかったため、サウンドやミステリアスな気分だけで、言ってみればノリでやっていたようなものです。
大祓詞も、最初はノリでした。
しかし、あるときなにかが「こつん」と気になりました。
大祓詞を唱えると、シャワーを浴びたような気分になりすっきりします。そしていろんなことに対してモチベーションが上がる。
それは、「気分」といったものなのかもしれません。
でも、一日を過ごしているうちに、大祓詞を唱えた日と唱えなかった日では何かが違うような気がするのです。とはいえ、朝15分も唱えているのは面倒なので、時々しかしない。というか、なんとなく運気が低調な気がしたとき、思い出したように唱えているだけです。すると、ふっとまた上昇するような。
じゃあ毎日やるといいのかも。なかなかできませんが。
今までインドやチベットに手を出してきましたが、大祓詞が一番しっくりくるとは、やはり日本人だなあ、と思いました。
大祓詞は、私は春日大社の宮司さん葉室頼昭さんによるCDブックを手に入れ、それにあわせてやっています。CDの中で葉室さんは40分以上繰り返し唱えていらっしゃいますが、わたしは1回唱えたらCDをオフにして終わりです。やはり朝日を浴びながらだといいのだろうと思って、海を見ながら朝日の降り注ぐ場所でやっています。
一人で唱えるより、気合が入る感じです。葉室さんの説明も好きなので。
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文字を見るだけなら、ネットでもいろいろあります。たとえばこれなど
。
やはり、日本人にとって大祓詞とはすごいものなのかもしれない、と思い始めたので、紹介してみました。
大祓詞の効果とは、私はなんとなく感じるのですが、別になんとも思わないという人もいると思います。しかし、これが古い昔から伝わり、いまだに現役で毎朝神社で唱えられている祝詞だということは、それなりの意味があるはず、と葉室さんは書いていらっしゃいます。
とにかく、大して時間もかからないことなので、最近なんとなくクリア感を失ってきたと感じる人、ぱっとしないと思っている人、だまされたと思って一度試してみてはいかがでしょうか。
私は、「何が効くって大祓詞ほど効くものはない」と最近思い始めているのです。