もう誰もみてないかもしれないですが、しれっと書いております。

前にブログを書いたのがほとんど10年前のことですが、ほとんど変わっていません。わたしは。


そして、明日は3.11です。

あの震災、という言い方をして、時々職場でも話題に出ます。あのとき、なにしてた?みたいな。

私は高田馬場でサーバーをLANケーブルでぐるぐる巻きにして押さえていて、夜になったら、帰宅難民みたいな顔で5時間かけて吉祥寺へ帰りました。赤々と光る高円寺と阿佐ヶ谷、荻窪の薄暗い高架と、なんか妙に寒かったのを覚えてます。家に帰ったら、家の中はそうでもないけど、やっぱり妹はいなくて、でもなんか連絡は取れて、ほっとしたんでした。考えたら当時結構、色々しんどかったんですけど、その後もっとしんどくなるとは思ってもいませんでした。震災とはまるで関係ないけど、あの震災が、ながーく続いているかのような私の青春のような、幻のようなものを終わらせたようにも思いますが、多分私だけでなく、いろんな人の何かを終わらせたり始めたりしたんじゃないかと思うのです。とても不条理に。


その岐路からここまで歩いてきて、家族もいたりしますが、あまり道は、思ったほど大きく分かれていなかったのかもしれないなと思います。


とはいえ、14年、短くはないでしょう。私もろくでもないやつになったり、多少普通の顔をしてみたりして、なんとか生き延びたように思いますよね。変な日本語。もう、どっちかいうと今は楽しく生きてるからいいか、と思います。


近況の心情みたいなものの羅列となりましたが、3.11には借りを返さないといけません。少なくともそういうきっかけになってほしいと思っています。

まあなんか、やってみるかなあと思っています。


閉店がらがら。

さて、本日佐賀に引っ越します。糸島に4年おりましたが、色々あって引っ越すこととなりました。要は新居ということです。
ただ、まあ、周りの風景はほとんど変わりません。とても田舎です。

唯一、違う点は鉄塔が多くたっています。電気の通り道に当たるので、田んぼが多くあって、そこかしこに鉄塔が立っています。南に行けばいくほど鉄塔の間隔が狭くなっていきます。
山と空と田んぼと鉄塔、空を区分けする電線。

三年ほどまえから、今度住むあたりは、実は良く通っていました。雪の日に写真を撮ったりしました。知ってる人や住んでる人からすれば、なんでこんなもんを、ということになるでしょうが、岩井俊二みたいやと思いながら写真を撮ったりしました。

また、最近、えらく久しぶりの人たちと会ったりしました。みんな色々あったはずで、今も色々あってるはずで、けど関係性というのは不思議なもので一瞬で人を当時のとこまでもどしてしまいます。あいつは変わらんなとなります。

そう、最近、人はなかなか変わらんなと思います。うまくなったはずだと思ったことが、やっぱり下手だったり、落ち着いてきたよなと思ったら全然落ち着けてなかったり、ないですけど昔の上司がいつか言ったみたいに、失恋したら落ち込むんでしょう。辛いことがあれば逃げ出したくもなるし、猫背は治らんし大事な時に笑っちゃうくせも治りません。

でも他の人だって、おんなじようなもんです。なんでこういう言い方しかできんかなとか、昔からこうよなとか、こうなんやろなとか。昔から逃げ方がうまいなとか、よく人みてんなとか、素直やなとか、かわいいなとか、まじめやなとか、隠すのうまいなとか、強引やなとか卑怯やなとか。強いなとか。

でもまあ、それでいいやと思ってるんです。自分なりに、引き受けてるんだなと思います。それはもう、最低限なんでしょう。心理的に、受け入れるだけなんだから。でも、それは昔一緒に時間を過ごした人にとっては、無条件にただ一緒に時間を過ごした、というだけで作られる「引き受けること」なわけで、固くて簡単には壊れません。

そういう人たちは大事だと思うし、自分が大変な時に、無条件で「いいよ」と言ってくれる人がいます。僕は恥ずかしながら相当程度、そういう人たちに支えられてきましたし、逆にちゃんと言っても来ました。ん?いや、言えてない人もいるかな。

でもまあ、誰でもには言えません。

要は、時間が経とうが、状況が変わろうが、変わらんもんは変わらないなということです。
少なくとも、しんどい友人のしんどい状況を想像して、絶対助けたいと力もないけど思う、ということです。

あまり、こういうことは言わないようにしてますが、今回のブログはちょっと個人的にメッセージ的になっております。

閉店がらがら。




34というブログを書いてから、次に書くブログが35になってしまいました。怠慢というほかありません。

読んでる人がいるんだかいないんだか分かりませんが、近況だけちょっと書いてみます。

35になったということは、31になる寸前に福岡に帰ってきたので丸4年が経ったことになります。人生で最も大変な4年でしたが、なんとか生きています。兵庫に4年いて、東京に8年いたわけで、それを考えると、へえ、となります。

この1年もなんやかやありましたが、結局東京で勤務していた会社に戻り、佐賀で働くことになっています。まったく想像してませんでしたが、非常に今、落ち着いています。

次の1年のことや、その先のことを考えていると、何だか忘れ物をしている気がします。
小学校のとき、教科書やらなんやら、次の日の準備をしたけどランドセルに入れるのを忘れてしまい、空のランドセルを背負って学校に行ったことがあります。軽いな、とも思わなかったと思います。行って気づいて、取りに帰ろうにも、学校始まってますから帰れません。あーあ、忘れちゃったなという一日に朝からなるわけです。

いついつまでに、これをやりたいから、今日はこれをやろう、というのは仕事のときや、大切な人に迷惑をかけないようにするために必要です。高い確率で、多分そのいついつは来るからです。先の準備は、そのいついつがを楽しめるようにしたり、納得できるものにするために大事です。

だけども、「来ないかもしれんもんね」というのが、色々自分が書いてきた動機です。小さい可能性でも、あるかないかでいえば、そういうことはあります。

まあ、次の1年も色々ありますが、少しずつ、書く方も動いていくことになります。ほんとです。書く書く詐欺だと先日誹りを受けましたが、書いてます。ただ内容が変になっちゃってるだけです。

とまあ、そんなところで、閉店がらがら。