毎日ピラティスがある生活 ~ BASI pilates × PHI pilates ~ -24ページ目

毎日ピラティスがある生活 ~ BASI pilates × PHI pilates ~

PHIピラティスから姿勢評価、運動機能評価、傷害予防学を学び
BASIピラティスからはピラティスの本質、専門指導法を学び
双方の長所を生かし、双方の短所を補いながら、
よりフィットしたピラティス指導をおこなっています。

練習に練習を重ねて、
勉強をし続けて、
常に前に進み続けること。

インストラクターに限らずとも、
何かを成し遂げたい、
人生を充実させ、世の中に貢献したい、
そういう気持ちを持つ人は途中で一休みしている暇はない。

「それなりの努力にはそれなりの人生」
なんとなく心に留めている言葉です。

適当なころあいで過ごせば、
人生の面白みもその程度。

自分の心に嘘偽りなく、
志に向かって全身全霊で向かう人には、
多くの試練と引き換えに、
周りをも目覚めさせるような魅力が溢れるものではないか、、

以前、
真の誠とは
「その時その時を "精一杯" を尽くしながら、
しかも常に “それではまだ足りない” と歎くものでなくてはならない」

そう書いてありました。

これを綱渡りに喩えて、
いまを綱渡りの途中とすれば、
渡り終えた先は人生の終わりを迎える時。

渡っている最中、
もとい生きている間は一瞬の油断もなく、
進み続けなければいけない。

綱渡りにおいて、
大歓声を受けるとき、
もちろん綱の途中の出来事もですが、
やはり渡り終えたときでしょう。

では何が大歓声となるか。
渡り終えたそのこと自体でもありますが、
綱を如何にして渡っていたか、
その渡り方こそが大歓声の内容になる。

ただただ綱を渡り、
渡りきった姿だけでもすばらしいですが、
その渡り方によっては喝采は何倍にもなるもの。

人生を過ごし、綱を渡り、
その生が終わりを迎えたとき、綱を渡り終えたとき、
どれほどの人がその真価を認めてくれるか。

いくらやっても物足りない、
その気持ちをいつまでも持ち続けられるか。

日々その気持ちが薄れていく中で、
如何にして毎日その気持ちを保つか。

人生はひとそれぞれかと思いきや、
その “教科書” となるものは存在するものですね。

全力という言葉では足りず、
捨て身の覚悟で日々過ごしなさい。

最後にそんな言葉で締めくくられていました。