一昨日は
東京大空襲から70年
昨日は
東日本大地震から4年
この辺りも震度5で
あの日の事は
忘れられません
パート先から
急いで帰宅したら
マンションのエレベーターは使えず
階段で昇ると
ワンコがベランダで吠えていて…
その後は
やむことのない余震の中
ニュース映像で
今は 放送される事の無い
津波に戸惑う人々の姿を見て
目が釘付けに…
そこは
母の愛した故郷だったし…
あの日
電車が止まってしまい
ペーパードライバーの私が
下の息子を連れて
長男を迎えに30分の道程を
停電&大渋滞の中
3時間かけて迎えに行きました
後日は
計画停電で
何度もロウソクのお世話になり
暖房も使えないので
それぞれが
早くに布団に入ったという日々
そういえば
大地震から3日後に
北海道旅行の予定でした
ツアーは
中止にはならなかったので
こちらからキャンセルしたのですが
事情が大地震の影響なので
旅行会社のはからいで
キャンセル料はありませんでした
旅行していたとしても
気が気じゃなかっただろうし
行かなくて正解でした…
カレは
福岡に出張中だったので
大きな揺れを体験する事もなく
他人事でした…
いったん帰宅した翌朝
自家用車で空港に行くと言ったので
私が車で行かないでと言ったら
朝から大ゲンカになり
カレはそのまま出張へ…
結局
すぐに戻ってきて
玄関に
車のキーを置いて行ったのだけど…
あの時
交通機関もマヒしたので
一人暮らしの義母や
家族を思うと
万が一の時の為に
車の存在が
僅かな安心感を与えてくれたのです…
なので
長期出張で
カレが留守になるのに加えて
空港パーキングに
我が家の頼みの綱が🚙
放置されるのは
堪え難かったのです
あの頃は
銀座で飲んだ日は
自宅まで
タクシーを利用していた事が多かったので
肝心な時こそ
タクシーを使ってください!
って激怒した私…
その朝も
こんな奴とは離婚だ~~!って
思ったっけな…
⭐︎
あれから四年
いろいろと
思うことはありますが
自分の事だけではなく
周りに思いやりを持って
それぞれが
自分に出来ることを
前向きに取り組むことが
大切なのかと…
自然災害の脅威も恐ろしいですが
人の気持ちがもたらす災い
先月の
たったひとりの少年の死も衝撃でした…
生き様死に様は
人それぞれ
毎日誰かの命日でもあり
命の尊さは変わらない
自分に出来ることを
考えること
それが出来たら
次に行動
小さな一歩でいい
昨日
2時46分には
私も黙祷しました…
私は
ツライからと目を背けずに
乗り越えないと
前向きになれないと思います…
ツライのは
それまでが
幸せだったという証し
亡くなられた方々の死を
無駄にしない方向を望みます…
………