三年前、この時期に娘の心臓は止まった。たまたま転勤先の山陰地方から3ヶ月に一度の会議に参加する為、本社に呼び出されていた。そのおかげで突然の娘の非常事態に居合わせることが出来た。その日は夕方から会議の疲れを癒すため同僚と駅前の居酒屋でジョッキに入った生ビールを煽っていた。携帯の着信音がなる。滅多にならない元嫁からの電話。長い沈黙の後、少し忘れかけてた元嫁のしおれた声が聞こえる。冷静に聞いて欲しいと言われた。人は心の底から受け入れたくない事実に対しては、簡単に都合の良い様に歪曲できることを理解した。そして強烈なアレルギー反応を示す。強い意思を持つ脳は意味を決して理解しない。今起きている事実のみを伝える元嫁の声に怒りを覚えた。同僚に事実を伝え慌ててタクシーを拾う。大学の救急病棟。12月に7歳になったばかりの小さな体をすぐにでも抱きしめに行ってあげたいと願う衝動に駆られながら、何もしてあげれない余りにも無力すぎる自分を憎み嘆く時間が続く。真白な救急処置室の観音開きの扉の奥。一度止まった小さな心臓を再び動かすためにあらゆる手立てが行われているのを想像する。電気ショックを与える音が数回響き、娘の小さな身体が華奢なパイプのストレッチチャーから飛び上がってはぶつかる音がはっきりと聞こえてくる。今にも窒息しそうな永い空白の後、娘の心臓は息を吹き返した。あれから3年経った今でもその時に目に焼き付いた無機質な映像は決して頭から剥がれ落ちることはない。あの日から10日間小さな身体に全く見合わない機械を頼りに、娘の心臓は生きる為だけに集中して心音を刻み続けて。そして消えた。
世の中には不条理を強制的に受け入れないといけない人が間違いなく存在することを知った。
突然、心に空いた大きな穴を埋める作業を放置して、ただただ日々を淡々と生きる作業を繰り返す。ただただ起きて寝て呼吸を繰りかえす。
もしも娘が生きることが出来る可能性の為に、我が身を身代わりに出来ると言われれば、今すぐにでも命を差し出そう。その為に一生で足らず未来何百回分の運命を差し出せと言われれば喜んでさし出そう。
理由なんていらない。
彼女の父親だから。
その事実だけで充分だ。