11月10日に流産を言い渡されてから
13日の前処置までの間
気持ちが不安定で、自分でも驚いた。
これまですこーしだけ軽うつ症状が出てきたかな?
・・・という時期はあったけれど
基本的には精神的には強い人間だと思っていたので
これは意外だった。
よく、思春期の女子に対して
「箸が転げてもおかしい」
という表現を使うけれど
この時期の私は
「息するだけでも悲しい」
くらいに何がきっかけで泣くのかが分からないくらいだった。
さぞかしダンナは困ったと思うけれど
仕事の調整をしてくれて側にいてくれた。
そして、どうしても外せない出張の日は
私は親戚の家に泊まりに行って
(いつ出血や腹痛で病院に行かなくてはいけないかもしれず
また、一人では不安で寝られないので)
家族のありがたさをしみじみと感じたのです。。。
さて、13日。
前処置として、子宮口を拡げるために
「ラミナリア」
を数本入れた。
これが・・・
激痛(゜д゜;)!!!
今回のことで分かったのだけど
私は子宮後屈らしく、特に入れにくかったみたい。
普通の倍以上の時間かかって
脂汗にじませながら終了。
でも、その間も隣の診察室からは
胎児の心臓の音が聞こえてきたりして
この瞬間だけ
「何で私はこんな思いをしているのだろう?隣の方には元気な子供が育っているのに」
と痛みに悶絶しながら思ったものだった。
入れる処置をしている間は激痛で悶絶だったけど
その後は生理痛のような鈍痛が続き
時間が経つにつれそれも解消されていったので
安心した。
そして、帰宅後家族とケーキやら夕飯を頂く。
この日は、日中の疲れが出たのか早めに就寝することが出来た。
そばに誰かいてくれるという安心感で
比較的眠れる。
14日。
この日は私の35歳の誕生日。
いつもは1年のうちで一番好きな日なのに
今年は全くそんな気が起きなくて
不思議な気持ちだった。
この日になったのにはきっと何か意味があるんだろうけれど
それは今はまだ分からない。
麻酔をかけるため、朝から絶飲食して
ダンナに付き添ってもらい病院へ。
「手術室」
に案内されて、アッという間にダンナと離れてしまい
処置着に着替えるように指示される。
先に処置をした女性(私と同い年くらいかな?)が
カーテン越しにいらしたが
この方の苦しみの表現方法が何せすごかった。
(麻酔が覚めるまでの間の朦朧とした意識の中での表現だったみたい)
「助けて~~~」
「何で私が~~~」
「パパ~~~」
「もうやだ~~~」
と、病院中に聞こえる位の大きな叫び声。
私は逆にどんどん冷静になっていき
(というか、そういうフリをしないといくらでもパニックに陥りそうだった
それくらいすごい叫び声だった)
着々と着替えて、足が寒いからベットの上で正座して待つ。
10分くらいして
(この間に隣の女性の叫び声は少しずつ収まってきて
寝息も混じるようになる)
看護師さんが呼びに来てくれ歩いて10歩くらいの手術室へ。
診察の時はカーテン越しに、自動で開脚する椅子だったけど
ここにあるのはおそらく分娩にも使う
初めから自分で開脚するタイプ。
ブドウ糖の点滴が始まり
先生の到着を待つも、5分くらい来ずに
ずっと開脚。
(「あのぉ・・・股がすぅすぅするんですけど・・・」)
とは言えずに、じっと待つ。
そして、先生登場。
昨日から今日にかけての様子を聞かれて
異常が無いことを知ると、看護師さんが麻酔開始。
2種類の麻酔を行い
「腕がピリピリするんですけど」
と言った後の記憶がない。
・・・というか、不思議な体験で。
色とりどりの階段みたいなところを
駆け下りていく(飛んでいる?)映像がずっと見えた。
「チャーリーとチョコレート工場」
の世界が一番しっくりくる表現かなぁ・・・?
(後から聞いたところによると、術中ずっと目を開けていたらしい。
こわ)
気が付いたら強烈にお腹が痛くて
「終わりましたよ」
の声が聞こえた。
「歩けますか?」
と聞かれたから、意地(なんの?)で
「歩けます・・・」
と言い、両側を抱えられながらさっきのベットまで。
ちなみに隣の女性は少しだけ、泣いていた。
ここからが一番辛い時間で
とにかくお腹が痛くて痛くて
子宮のあたりをペンチでぐいとねじられている感じ。
「座薬するから、待っててね。旦那さん呼んでくるね」
と看護師さん。
もうとにかく痛くて痛くて、人生一番の痛みだった。
麻酔が切れるの、早すぎ!!!
昨日の比ではない大量の脂汗が出て
来てくれたダンナの手をぎゅーっと握って座薬が効くのを待つ。
徐々に効いてきて、それと共に悲しみの波が押し寄せてきて
ぼそっと
「もう2度と、こんな思いをしたくない」
とつぶやいた。
そして
「いつかまた戻ってきてくれる時に
同じ日に空に戻った隣の赤ちゃんも一緒に戻ってきてね」
と、これまた自然な感情として言った。
いや、他人の心配をしている場合ではなかったのだけど
あまりにも隣の女性が可哀想で・・・
痛みがひいたら、すぐに起き上がって
着替えてナースステーションで薬をもらう。
タクシーを呼んでもらい、帰宅の途に着いたけど
思えば病院に入ってから出るまで2時間くらいだった。
昼ごはんはどうしてもトンカツが食べたくなって
近所の美味しいトンカツ屋さんで二人で食事。
その後、お篭り用にDVDを大量に借りて
(この頃から立っているのが辛くなる。そりゃそうだ)
帰宅。
横になって、少し寝るとほんの少しずつ体が楽になってきた。
それと同時に、これまで味わったことの無い
喪失感が押し寄せてきて、また何のきっかけか分からない涙にくれる。
これはその後4日くらい続き、そこから日に日に減ってきた。
みんな色々と励ましの言葉をかけてくれたけれど
一番効き、私の悲しみが楽になった言葉が
おばがかけてくれた
「天国でママ(私の実母は亡くなっている)に抱っこされているよ」
というものだった。
その光景を想像したら、そっか、赤ちゃんは一人じゃないんだと
妙に安心して気持ちがすっと楽になった。
先生からは
「子宮後屈で処置がなかなか大変だったから
(=傷がついている可能性があるから)
3回生理を見るまでは避妊をするように」
と言われる。
私はここ1年、生理が不規則になってしまい
無排卵の月もあったので
今のテーマは
「いかに最短で3回の生理を迎えるか?」
ということに尽きる。
一度は妊娠しているので、体の妊娠スイッチが入っている事を祈って
今のうちに体にいい事をはじめように
今週頭から
・養命酒
・ルイボスティ
を開始。
それから、ニンプになってから続けている
・24時までに寝ること
・7~8時間睡眠をとること
はこれからも続けられるように、生活を見直すことにする。
明日の診察で、運動と入浴の許可が出たら
フルマラソンを走っていた頃を思い出しながら
少しずつ代謝があがるように運動も再開しようと思う。
とにかく、35歳の今は
仕事よりも何よりも
「ニンプ」
になることを人生の一番のミッションとすべきだと思う。
仕事はこれから先も続けられるように
勉強を継続するけれど
ニンプになれるのは今しかないからそこは切り替えていこうと考えている。
この2週間の間に、たくさんのブログに助けられたので
ほんの少しずつでもその恩返しが出来るように
「流産をした後でも、絶対に妊娠出来て元気な子供が産める」
ということを証明していきたいと思っている。
よーし。
がんばるぞo(^-^)o