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Pikoのブログ

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クローバー私は、看護学校を働きながら卒業した。
見習い看護師として、期待と不安に包まれながら、、小さな田舎街のどんな重傷の患者さんでも、、バンバン受け入れる病院だった病院

そこで生死の現場を、幾度も直視することになる、医療の道を志して始めての、、
その衝撃は今も、忘れる事が出来ない。

タクシーの運転手が、小さな子供をひいてしまった。そうして、直接病院に運び
見習いの私に、この子を、助けて欲しいと
託された、、

どこを見ても、外傷らしいものもない。
唯、その命が今にも消え入りそうな事は
私にさえ、判断出来た。

頭部に強い衝撃で、ダメージを受けているかも知れない、先生を直ぐ呼ばなきゃ
坊や頑張って!おかぁさんのとこに帰ろうね
救命室に搬送して、直ぐ心臓マッサージ、人口呼吸…あらゆる処置をするも、、
家族の看取りもなく、、
心が…砕ける殆どの痛みと、衝撃を覚えた。

無力感、焦燥感、、
私の腕の中で、確かに命を感じる事が、出来ていたのに、、どうして繋ぐ事が出来なかったのか?

その子は、まだ、小学校にもあがっていない幼い男の子、身元を警察の人が特定し、
家族に連絡を入れる、、
こんな時に、、感情を押し殺し事務的に、
病院側も、必要最小限度の事を、伝えなきゃならないのは、…非常に辛い

家族と対面、、私が先に涙をためている、
しかし、…家族は、泣いていない。

その時、始めて人は、受け止める事が出来ない殆どの悲しみや、苦しみに直面した時
涙が出ない事もあると知った、、、、。
まだ泣ければいい、、少しでも、痛みが和らぎ、癒やせるなら、、

どれほどの痛みが、今家族に、のしかかっているのだろう?

人生で…知り得たありったけの励ます言葉を並べても、足りない気がした。
ただ痛みと苦しみに耐える人を、、
心で、抱きしめたいと願った。

 その思いが、辛い実習も、深夜の勉強も乗り越えた、原動力となった。

その後の私は、死にゆく方の看取りをする度泣いて、先輩にしかられた。

「看護師は、患者に感情移入してはいけない。どんな場面でも、冷静沈着に、医療者としての使命に徹しなさい。」

今も、暗唱出来るくらい何度も聞いた。
それは…常に心掛けたとしても、
感情を殺して人に接することを、良しと思えなかった。
心が…動いてこそ人を思えるし、原動力に変えることが、出来るのだと、

矛盾を、超えるものは、経験だった、、
先輩が、助言してくれた言葉は、医療の実際の現場に生かされることになる。

人の痛みを感じて、揺らぐメンタルを、
人に癒やしと、安らぎを与えて行ける力に
変えた、、、
看護婦さん、、
随分強くなったでしょう、?
坊やに、教えてもらったんだよ!