3月ごろ。
私が実家に帰ることを話してたのは2人くらいだったんだけど…。
一人はМちゃんと言うママ友で。
一人はお隣の奥さん。
実家に戻る日に、Мちゃんが
「今どこ?何時帰るの?」
とメールが来て。
「最終の○時○○分の新幹線…あと20分後だ。間に合うかわからない」
と言ってタクシー拾う場所までたらこと猛ダッシュ!
園児にこんなに走らせていいのか?と言うくらい走りました。
間に合わなかったら次の日にでも帰ろう
と思っていたので、そこまで走る理由
は無かったけれど。
何でか『必死』になって走りました。
そんな時に限ってタクシーも通りませんから…。
でも、あんだけ走ったんだから、何となく引き返すのも悔しい。
そう思ってたら、タクシーが来たので乗り込む。
この時点で、出発時刻まで10分です。
そして、こんな時に限って、タクシーの運ちゃんが、気持ち悪い…。
たらこに
『おじさんと一緒に遊ぼうよ』
とか言ってましたから。
『チョコレートのついたお口を舐めてあげようか?』とかね。
なんなんだ一体…と思っていたら到着。
駅に着いたら、なんと自転車を走らせて来たМちゃんが改札の前で立っていたのです
サプライズか!?と驚きました。
…目が真っ赤だったので、泣きながら走らせて来たのが見て取れ…。
私…笑顔で「おおおお!
」と言って喜んだけど、Мちゃんは何故か顔見てくれない。
?
すでにМちゃんは入場券まで買っていて、たらこの手を引いてホームに入ってくれました。
その間、出発まであと3分なのに自動販売機で切符を買う。
スムーズに切符も買え、後はホームに上がるだけ。
私は何度もМちゃんに話かけたんだけど、顔も見ないし返事が無い…。
エスカレータ上る時にМちゃんに聞こえてないのかな?と、かまわず話かけたらはじめて目が合った…。
Мちゃんの真っ赤な目が今にも決壊しそうで。
そしたら今度は私が言葉に詰まって…顔そむけずにはいられなくなった。
涙を我慢したら喋れなくなるんだってその時はじめてわかった。
言葉が詰まって、何にも言えない…だけど想いだけが溢れてきて止まらなくなった。
このまま別れの言葉も言えないまま別れてしまうのか…と。
そしたら、もう乗る予定の新幹線がちょうどホームに入ってきて…。
そん時に、Мちゃんが泣きながら、はっきり大きな声を出した。
「私ね…どうしようもなく辛い時があったけど(私が)いたことで救われて来たんだ…、本当だよ。3年間ありがとう」って言ってくれた。
もうその瞬間、目のあたりが決壊し…滂沱の涙が溢れて止まらなくなってしまった。
涙で前が見えない状態で。
人目もはばからず、涙流した。
いやいや、私もだよ…と。
Mちゃんがいたから、楽しいことがいっぱいあったし。
話もたくさん聞いて貰ったではないか!
30秒ぐらいしか別れを惜しめなかったけど。
最後はドアの前でМちゃんが私を笑わせてばかり…このまま笑いながらお別れ出来ると思ったのに。
ドア閉まって、ゆっくり新幹線が動き始めた瞬間、Мちゃんの顔が笑顔から泣き顔で歪んで行くのが見えて
また涙腺崩壊…。
本当にその後も鼻水ずるずるになって、恥ずかしいくらい泣いた
。(^-^;
Мちゃんには最後までやられっぱなしだったな…。
山形出身のMちゃんだけど。
古風過ぎるのに国分町のクラブでNo.1ホステスになった過去があり、いろんな苦労して乗り越えて、そんで笑顔でいれるって凄い。
Мちゃんのことは、書き出したら涙が出てくるのでここでやめておこう。
ただ、ずっとずっと繋がって行きたいと思う友達が出来て良かった!
転勤族で良かったと思ったのはそこかな。
たらこも大好きなお友達がいたので、親の都合で引き裂く事になって、可哀想なことをしたけど。
今もたらこのお友だちのRちゃんはたらこが園に戻ると思っていて、毎日手紙をカバンに入れて通ってるそうです。
それ聞いて泣いちゃった…。
そんな別れも親子でありましたが。
たらこは来年から小学校だし!
一人で小学校に通うの?!って思うと、少し不安。
保育園の帰りに
『今日はピーエム2.6が多いから外であそばなかった』
と言うたらこ…
2.6…確かに数字もちょっと多い…。
そんな感じで、相変わらず全開ですが。
成長と共にちょっと寂しく感じる母でした。
母も頑張らねば!!
元気チャージするぞぉ
では