もちろんこのことに関してまだ初音からYesの返事ももらっていない。

心が揺れた。

迷った。

でも。

あの光景を見てしまったから。

紗枝に連れて行ってもらったカフェレストランのあの光景を。

完成予想の3Dイメージ図よりも

自分が想像したよりも

ずっとずっと素晴らしくて。

ここに自分が初音と一緒に頑張って創り上げたものがある、と思っただけで胸がいっぱいになった。

真緒はしばらくうつむいて黙りこくった後

「・・初音さんと一緒でなければ。」

ぽつりと言った。

鉄板焼きのジュウジュウと焼ける音にかき消されて真太郎はよく聞こえなかった。

「え？」

「初音さんと一緒でなければ。・・起業も意味がない。もし彼がYesと言ってくれなかったら。　起業は諦めます、」

今度ははっきりと彼に向いてそう言った。

それには真太郎も少し驚いた。

「あの人でないと。ダメなんです。初音さんと一緒じゃないと、」

目の前に焼かれた野菜と肉が運ばれてきた。

真太郎は驚いてしまいそれに箸をつけることができなかった。

真緒は鼻をすすりながらやおらその肉に手を伸ばしばくばくと食べ始めた。

まるでやけ食いするかのような勢いで。

初音は畑仕事に汗を流していた。

もう5月に入ってずっと外で仕事をしていると汗が猛烈に噴き出してくる。

立ち上がって首にかけたタオルで顔の汗をぬぐった。

すると。

思いもかけない人物が１０メートルほど先の道に立ちニッコリ笑って居る。

「こんなに遠くまで。お運びいただいて。」

父は申し訳なさそうに客人に頭を下げた。

「出張で神戸まで来たものだから。」

客人は有希子の兄、高野楽器の社長だった。

「どうぞ、」

初音は冷たい緑茶と羊羹を差し出した。

「この羊羹は？」

「昨日。作りました。中に栗が入っています。丹波の小豆を使っているので。ぼくが作ったのでお口に合うかわかりませんが、」

「美味しそうだね、」

黒文字で羊羹を切り口に運んだ。

「うん、うまい。すごいね。老舗にも負けないよ、」

「いえいえ、」

褒められて嬉しかった。

そしてお茶を一口飲んだところで

「有希子から聞きました。直人さんが秋からHIRAIの工場へ行くこと、」

話を切り出した。

父は少しためらいつつ

「はい。もうこの年ですしどこまでできるかわかりませんが。もう一度自分のやりたい仕事に就きたいと思いまして。初音にはわがままを聞いてもらって、」

隣の初音を見やった。

「年と言っても。まだ63だろう。きみの腕はHIRAIの工場長や社長も買っていたからね。確かにもったいない。私もこの年になると父が亡くなって夢中でここまで来たけれど。高野を守ることに精一杯になってしまって、もっとやれることがあるんじゃないかと思い始めてね。守ることも大事だけれどこれからも会社を発展させていく方法も考えなくては、と思っている。」

伯父は静かにそう言って二人を見た。

「初音と一緒でなければ」の真緒の言葉に真太郎は彼女の真意を汲み取ります・・

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