加治木は成から手渡されたメモを手にして場所を確認した。
セレモニーホールにはほとんど人がいない。
もう通夜の時間は終わっているようだった。
頭の中がモヤモヤとしてはっきりしない。
何かを考えようとしても、勝手に何かがそれをかき消してしまう。
思考を停止したまま足だけが動いた。
「・・お忙しい所、ありがとうございました、」
出口で弔問客にあいさつをしている喪服姿の明日実を見つけた。
顔の色が白さを見て胸がシクっとなった。
「あ、」
明日実が棒立ちになっている加治木を見つけた。
慌てて目を逸らしてそっとお辞儀をした。
「・・来てくれたの、」
明日実は少しだけふと微笑んだ。
「・・中沢さんから、聞いて。」
「・・急だったの。 仕事先で倒れて。 クモ膜下出血で・・ あたしも病院に行った時には間に合わなかった、」
兄も、父も失い。
母の心も失ってしまった彼女の孤独。
『あの時』の思いがスーッと蘇る。
あんな気持ちになったのは初めてだった。
他人の気持ちが見えたことがなかった。
でも
あの時の彼女の圧倒的な寂しさが空気に乗って伝わってきた。
その事象に自分で驚いたことを今も覚えている。
あの時と同じ気持ちだった。
「・・父と暮らし始めて・・まだ8年くらいだったかな。 あたしが生まれた頃からずっと単身赴任であんまり家にいなくて。 正直、父親ってあんまり思ったことなくて。 それでも・・一生懸命あたしに寄り添ってくれようとしてた。 今までつらい思いをさせた、としょっちゅう口にして。ようやく父娘として・・暮らしていけるって思えるようになったんだけど、」
彼女の声が少し震える。
その震えも心に染みてくる。
「・・お母さんは。 もうお父さんに会っても、わからなくて。 親戚は葬儀につれてきたらどうかって言ったんだけど。 ちょっと今のお母さんには酷かなって思って。」
加治木は何も言えずに突っ立ったままだった。
「来てくれて。 ありがとう。」
ゆっくりとお辞儀をされて、
「あ、いや・・こんな格好で、来てしまって、」
いつものようにTシャツにリュックという格好が場違いなことにようやく気付いた。
「ううん。いいのよ、」
明日実は軽くそう言った。
「えっと・・」
どうしていいかわからずうつむいた。
「よかったら。 お線香あげてくれる?」
そう言われて
「・・お葬式とか。 来たことなくて・・」
戸惑った表情を見せた。
加治木は動揺を抑え明日実の父の通夜に向かいます・・
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