「ウィーンでも。 アパートで独り暮らしって言うてたけど。だいじょうぶか?」
志藤は色々と心配になってきた。
「真尋さんと絵梨沙さんには、また居てもらってもいいって言ってもらえたんですけど。 やっぱり甘えてしまいますから。 たぶん僕は音楽院では年下の方だと思うんですけど、みんな学校の近くのアパートメントで暮らしてるそうです。 今まで北都さんのお家でもずっと身の回りのことはお世話になってました。でもこれからは何でも一人で頑張れるようにしていきたいんです、」
奏はいつものように静かではあるものの揺るぎない芯を感じさせるような声だった。
「・・あんまり。 自分をいきなり追い詰めない方がいい、」
そんな風に言う志藤に
「東京へ来て。 志藤さんや・・先生に会って。 ここにいる間に出逢った人たちのおかげでここまでこれました。 恵まれた環境だったと思ってます。でもただ甘えるだけの時間じゃなかったって・・今は思うんです、」
奏はふと微笑んだ。
大人に甘えろ
母親が事故に遭った時に北都邸での下宿を勧めた志藤にそう言われた。
志藤はあの時のことを思い出していた。
「母と離れて。 生活してきた2年半。 全てこのためだったんじゃないかって。 本当にみなさんのおかげだと思っています、」
大きくなった。
志藤は何だかしんみりした。
「大変なことだとは思いますけど。 でも。 ウィーンでピアノの勉強をするのと同時に一人の人間として生きる為の勉強でもあると思うんで、」
笑顔は出逢った頃の中学生の時のままだった。
「・・そっか、」
志藤は優しく微笑んだ。
「とにかく。 今は決勝の事だけを考えます、」
「そうだな。 決勝終わってウィーンに発つまで2週間くらいしかないし。 慌ただしいけど、」
その言葉に奏は一瞬目を伏せた。
「準備だけで2週間なんてすぐ経ってしまう、」
「そう、ですね。」
少し心が痛かった。
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そしてさらに1週間前のことだった。
「は・・? これ・・?」
奏は南から手渡された封筒を手に目をぱちくりさせた。
「だから。 箱根にNCのプチホテルあるの。 まだ新しくてね。 全部で客室が20くらいしかない小さな規模なんやけど。 めっちゃ豪華なの。各部屋に露天風呂とかもついてて。 ゆったりと贅沢な時間を過ごせるってコンセプトで作ったんやけど。 けっこう人気があってね、ありがたいことにいつもいっぱいなの。 そこの宿泊チケット、」
いったいなんのために・・?
奏は首をかしげた。
奏はウィーンでひとりで頑張る決意をしています。そしてその前に南が・・?
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