元デスペラードの武井志門さんと一緒に、THOGO(トーゴー)」さん主催、間々田優さん、中村ピアノさん、美良政次(みよしせいじ)さんの全国ツアー、三人旅グランドフィナーレを見に行きましたお(;_;)

 

 
厳密には、お互い別々で見に行く予定だったのを知って、一緒に見に行こうとなったのですが(;_;)


THOGOさんや武井さんとなぜ仲良くなったのかは、以前ブログで書きました。
 

間々田さん達をなぜ応援するようになったかも昔書いてたけど、ラフブロやYahooブログが消えてしまったので、もう一度簡単に書こうと思います(;_;)
 
情報は、人から聞いた物を集めて、当時の僕の主観や、視点で書きますので、正しくないかもしれないので、あくまで何となくの流れと僕の考え方みたいなのを感じとって頂くだけにして頂ければ有り難いです(;_;)
 


 

 
 
 











僕は、THOGOさんの車に乗せて頂いて移動する事が多いのですが、その時にTHOGOさんから
「お勧めのアーティストがいるんですよ」
と教えて頂いたのが間々田優(ままだゆう)さんでした。
 

 

基本的に僕とTHOGOさんの音楽の好みは近いので、CDで歌を聴かせて頂きながら
「良い歌だな」
とは思っていましたが、基本的に僕は自分以外に興味のない人間なので、ハマるとまではいきませんでした。


アイドルや女優など、誰かのファンになった事もないし、若い頃に聴いてた音楽とかは熱心に聴いてた時期はありましたが、全ての曲や映画を見たり、ライブ行ったり向き合ったりする事はなかったんです。
 

週刊少年ジャンプを小学生から買い続けて今だに読んでますし、ドラゴンボールも何回も見続けていますが、通常オタクと言われる人みたいに熱心にキャラとか細かく覚えてないんです。


もちろん熱心に何回も見てるんですが、見てるだけなんですよね(;_;)
 

物事に向き合うという事をしてこなったので、物事に対する集中力がないんでしょうね(;_;)
 

自分にしか興味がないと言いましたが、その自分にすらそんなに興味がないというか…
 

人に愛されて来なかったので、せめて自分ぐらいはと思って自分を好きでいるようにはしてますが、自信がないというか…
 

人に誇れるような生き方をしてこなかったので、忘れたいような過去やどうでもいいような過去が多いので、昔の事をほとんど覚えていないというか…
 
 
芸人になってブログを書くようになってからですね。
 
 
自分の行動を覚えておこうと思うようになったのは。
 


20歳までは本当に何もない人生で、そこから自分が本当にやりたい事を探し始めて、25歳でボクシングに出会って、部屋にある物全て捨てたり、友達にあげたりして、ボクシング一本で生きるように決めて、ボクシング引退して30歳すぎから2年ほどボクシングやるかお笑いやるか迷って、33歳でお笑いをはじめてガムシャラにお笑いをやってましたが、今まで女性と接した事がなかったのと、酷い扱いを受けてたので、それで人間性がおかしくなってしまい、せっかくR藤本さんとコンビ組んで上手い事いってたのに台無しにしてしまい、東京で1人でダラダラ過ごして、2011年から山梨住みます芸人になって活動してましたが、まだ自分という物がなく…. 
 

生配信を1人で始めて、THOGOさんと出会って、1人でお笑いライブとかするようになって、少ないながらもぴっかり高木個人を熱心に応援してくれるような人が出来るようになって初めて自分という物が出来たような気がします。
 
 
僕の中で芸人ぴっかり高木が誕生したのは、ほんの数年前なんです。


それまで自分にも向き合えてませんでした(;_;)
 

 
 

話はそれましたが、そんな僕が軽く曲を聴いただけでハマるはずもなかったのですが、THOGOさんは会うたびに間々田さんのCDを聴きながら、間々田さんの話をしてくれました。
 

間々田さんは昔、別の事務所でメジャーデビューをしていたのですが、たまたまテレビで流れていた間々田さんの歌にTHOGOさんがハマって
「これは誰だ!?」
と調べて、間々田さんがどこでライブをしても見に行って、すでに持っているCDを何枚も書い続けて応援していたらしいです。
 
  
そして間々田さんは全く悪くないけど、事務所を辞める事になってしまったらしく、そこから3年間活動を休止してしまったらしいです。
 

この業界は、無名から上がっていくよりも、一度上がった後に休んだりして沈んだら、そこからもう一度上がる方が難しく、間々田さんも地方とかでお客さんがほとんどいないようなライブからの再スタートだったみたいです。
 
 
というか、復帰した事すら知らない人も多かったのではないでしょうか。 


復帰したのを知ったTHOGOさんは、昔と変わらずライブを見に行き続けてたのですが、自身の音楽生活25周年ライブを山梨でやる事になった時に、自分はイベンターでもあるので、今自分が1番紹介したいアーティストを呼びたいと、間々田優さんをゲストに呼ぶ事を決めて、必ずライブを満杯にするからと交渉して、間々田さんも出てくれる事になりました。
 


その間色々やり取りしてたらしいのですが、間々田さんがTwitterをはじめて、THOGOさんがフォローしてたのに間々田さんがリフォローしてないのを見て
「THOGOさんはこんなによくしてるのに、才能あるからってお高く止まって!」
と、今から考えたらまだTHOGOさんがプロデュースしてた訳じゃなかったし、当時の間々田さんからしたら当たり前の事だし、後から聞いたら特に何も考えてなかったらしいのですが、持ち前の被害妄想と、ひがみ根性と、あと間々田さんがめちゃくちゃ尖った歌を歌ってたので誤解して、間々田さんの事が嫌いになりました(;_;)
 
 
THOGOさんにその事を伝えて
「悪いけど僕、この人好きじゃないです」
と言ってたんですが
「まぁまぁ、そんな事どうでもいいじゃないですか」
と間々田さんの歌を聴かせ続けてくれて、間々田さんの話をし続けてくれました。
 

そして、THOGOさんと一緒にいる時に
「今から間々田さんに物を渡しに行くので付き合って貰っていいですか?」
と言われて、間々田さんと初めて会ったのですが
THOGOさんが車を停めやすいポイントを事前に数ヵ所調べて送ってくれてて、そして急遽来る事になった一瞬会うだけの僕の為に野菜ジュースを買ってくれてて、それを渡された時に
 
あれ?

思ってたんと違う!

と、尖った歌と、溢れ出る人柄のギャップに戸惑いつつ
「この人悪い人じゃないかも…」
と思いました(笑)
 
 
やっぱり、ちゃんと向き合ってみようとCDで歌を聴いてみたら…

 
「カシスオレンジ」
という歌を聴いて(今まで何となく聴いてはいたんですが)、雷が落ちたような衝撃を受けて、めちゃくちゃハマりました(;_;)




歌の動画のURLをアップしてます。
Twitterからブログ見た人は見れないので、アメブロでぴっかり高木のブログを検索してそこから見て頂ければ見る事が出来ます。



元々THOGOさんのやる事はなるべく応援していこうと決めてましたが、間々田さんは普通にファンに(変な日本語ですみません)なってしまいました(;_;)
 

THOGOさんのソロライブはお客さん満杯で大成功に終わり、その流れでTHOGOさんが、間々田さんの弾き語りツアーのプロデュースをする事になりました。
 


おそらくですが、完全に想像ですが、まだその頃は間々田さんもTHOGOさんがどんな人かよくわかってないし、苦労もされてるので、THOGOさんに対する不信感みたいな物はあったんじゃないかなと思います。
 

THOGOさんは見た目やキャラ的に誤解される事が多くて、そんなので離れるような人間はいらないと考えている人なんで、そうだったんじゃないかなと思います。


そして、THOGOさんは全国的に有名にする事よりもまず、小さな箱をいっぱいにして行く事からはじめていこうと思ってたみたいです。

ですが、間々田さんに稼いで欲しかったので、小くなおかつなるべく安い箱を選び、稼いだ金額はほとんど間々田さんに渡していたみたいです。
 

そして初めて使用する会場もあったりするので、トラブルもあったみたいで、大阪での会場で音響トラブルがあり、これもおそらくですが、今まで経験した華やかな舞台とは違うのと、完璧主義者なのでお客さんに完璧なライブを届けれなかった悔しさなどもあったのか、途中で歌が歌えなくなってしまったそうです。

その後アドリブで乗り切ったらしいですが、終わってから間々田さんはTHOGOさんに不満をぶつけたらしく、その時に初めて
「まずは小さな箱からいっぱいにしたかったのと、間々田さんに少しでも稼いで欲しくてやっています」
とTHOGOさんの想いを伝えたそうです。
 

そこらへんから間々田さんが変わったような印象でした。

僕が実際に見に行ったライブでも、肩の力が抜けていたというか、ミスを許すどころか笑いに変えていて、それでいてよりステージに熱がこもってきてるような印象を受けました。
 
 
その次に大阪でライブをやった時は、お客さんが間々田さんの歌を大合唱していたそうです。
 
 

 
東京で僕が見に行ったライブでも、皆んなが大合唱していて、間々田さんが泣きそうになるのをグッと堪えながら熱唱されてるのを見て涙が溢れました。  
 


SNSでも
「諦めかけていた景色が見れるようになってきました」
と書かれていて、僕も嬉しく感じました。
 
 

 
その間々田さんのオープニングアクトで歌っていたのが中村ピアノさんでした。


 


間々田さんのツアーをするにあたって、間々田さんの歌のトレーラー映像を作る事になったのですが、その時に実際に髪の毛を切ってくれる方を募集して、それに応募してくれたのがピアノさんでした。
 


中村ピアノさんも、才能があるのにあまり報われていない印象がありました。
 

最初は間々田さんにビビってて、凄いおどおどした印象があり、実際その時は結構辛かったらしく、その時によからぬ事ばかり考えてしまっていたらしく、その時に生まれたのが
「交差点」
という歌だそうです。

 
 

 
















どんだけ追い詰められとったんや(笑)
 





 





 







そんなピアノさんがメキメキと才能を発揮してきて、伸び伸びとライブ出来るようになってきて、逆に間々田さんもプレッシャーを感じてたのかなと思うような時期がありました。
 
良いライバルであり、先輩後輩であり、仲間なんだなと感じています。
 




そして、そんな間々田優さんも、中村ピアノさんもメジャーデビューして


さらに、THOGOさんがローディーをしていたバンドの先輩が演歌をしたいという事で、THOGOさんがヴィジュアル系演歌歌手としてプロデュースした
「美良政次(みよしせいじ)」さん
 




も加わって、去年
「三人旅」
として全国ツアーを開始されました(;_;)



有り難い事に山梨ライブとか、堀川りょうさんがゲストのライブとかで一緒に出演させて頂きましたが、3人が移動からずっと楽しそうにされていて、ライブも伸び伸びと素晴らしいライブをされていて、お客さんもいつも満席で、お客さんとしても見ていた僕としては何だか感慨深いです(;_;)
 

 
その反面、活躍されてて、みんなに愛されてる3人を見て
「人の事を応援してる場合やないや」
という気持ちになりました。


最初はTHOGOさんや間々田さんを応援したいという想いからで、今ももちろんそうなんですが、活躍をされてるのを見て嬉しい反面、悔しいという感情と、自分ももっと頑張らなきゃという想いが強くなってきました。
 

あの人達を応援してくれてる人達は、この人達が何をしても、全国どこでライブしても応援しに来てくれるような人達ばっかりなんです。
 
自分にはそんな人が果たしているのだろうか…
 

そうして貰えるだけの実力や魅力があるのだろうかと考えた時に、まだまだ足りないなと思い知らされました。
 
 
THOGOさんを見てて、人を応援出来るような気持ちがある人が応援して貰えるんだと感じて、自分も一生懸命間々田さん達を応援してきたけど、お金もないし、結局自分は応援する側より応援される側でいたいという気持ちが強いので、自分の活動を優先しました。
 
他の人みたいに全国回って応援も出来ないし、間々田さんの歌ですらそんなに聴く余裕がなくなってきてる中で、こんな状態で恥ずかしくて応援してるなんて言えないなとも思うようになってきました。 
 

それでも、僕は芸人だし、底辺ながらもタレント活動をしてるので、僕的に1番したい応援は、僕が間々田さん達のファンと公言して1人でも多くの人に聴いて貰う事だとは思ってたのですが、それはTHOGOさんや間々田さん達が自分達でやってるから余計なお世話だと感じたし、何より…
 


























自分に影響力が全くないことがわかってしまったんです(;_;)
 



 








 














自分の事も売れてない人間が、人の事を売れる訳がないんですよね(;_;)
 


 

























だから去年からは、ぴっかり高木の活動を頑張る事が1番だと思って1人で黙々と自分のやるべきだと思った事をやっていました(;_;)
 





















その間THOGOさんや間々田さん達は、コロナでライブが中止になってり延期になったりしながらも、配信ライブに切り替えたり、時間帯変えたり、コロナ対策をしっかりとして活動されてました。
 

コロナの時期で成功された、数少ない事例の一つと言ってもいいんじゃないでしょうか?(;_;)
 



ファイナルぐらいはライブに行かせて貰いたいなと思って、旗持って、それぞれのアーティストのTシャツを持って、配信チケットも買って、コロナ対策で声出さずに旗を振って配信でコメントして応援しました(;_;)
 

生のライブを見るのも、アーティストごとにTシャツ着替えて、旗を持ち替えての応援は、久しぶりの感覚でした。
 

やっぱり生ライブは楽しいですね!
 

何でいちいちTシャツに着替えるかというと、アーティスト側から見たら自分のTシャツを着てくれてたら嬉しいし、周りの人間にも
「あの人は人気あるんだな」
と気付かせる事が出来るんです。
 


これはTHOGOさんや、THOGOさん達を応援してる人達を見て勉強した応援の仕方です(;_;)
 


1人1人のライブも良かったし、ファンから応募した歌詞を元に作って3人で歌った歌を聴いて、涙が出てきました。
 
 
浅草の屋形船の話が出た時に、ピアノさんが酔っ払ってグデングデンになったのをちゃんと見てないとわからない事なのに笑いがおこったのも見て、この会場が皆んな向き合ってくれて、追いかけてくれてる人達なんだなと痛感して感動しました。 
 
 
向き合ったからこそ生まれる笑いっていいですね(;_;)
 

 

 
そして、間々田さんがまた涙をグッと堪えてるのよ(;_;)
 




 
 
 

 

  






それ見たら、そら泣くっしょ…(;_;)
 





















三人旅のライブ見て活力頂きました!
 
 
僕も今年は、もっともっと頑張ります!
 

 



 



  


 


 










あ、ピアノさんと美良さんが2人でデュエットしがちなんで、間々田さんが悔しがるくだりがよくあるのですが、最後に美良さんとピアノさんがデュエットしてる時に間々田さんがコーラスしながら
「刺してやろうか」
と書いた自分の旗を振ってた時は、僕も三人旅の旗をポイと捨てて、刺してやろうかの旗を振って間々田さんを応援してましたお(笑)
 



























ふにゅ〜(;_;)