皆さんこんにちは。高市早苗さんが日本初の女性総理大臣になられて思い出した事がありちょっとまとめてみます。

高市さんが最初の結婚をされた頃なので20年程前になりますが、選択的夫婦別姓(別氏)論議が盛んだった時期がありました。気づき


高市さんは別姓(別氏)猛反対派なのに、戸籍上旦那さんの山本姓になっても通称で高市姓を使っていらしたので、別姓派からかなり批判が寄せられたそうです。
「通称使用で不便はないかどうか確認のため」と弁明されてた記憶があります。
でも2回目の同じ方との再婚では高市姓を選ばれたそうです。じゃんけんで決めたとの事だけど、それも方便じゃないかな?ニヤリ

首相となった彼女は今演説時に自分の姓名をとても誇らしげに名乗っていると感じますもの。愛飛び出すハート
私も普通の議員さんならともかく、一国の総理大臣ともなるとヤマモト(山の麓)よりタカイチ(高い位置)の方が良いかも~って気もします。
それと山本姓だと真珠湾攻撃をした人を思い出し嫌がる人がアメリカには少なくないらしいので親米(表向き?)の早苗さんとしてはその辺も考慮されて旦那さんの理解を得られたのかと…?(すみません、全国の山本さんたちお願い)

ところで、私自身(結婚で改姓)は別姓に賛成反対どちらでもなくて、むしろ苗字より個人名にアイデンティティーを感じる者です。でも、旧姓(or旧姓名)にそれを強く感じる方々もいらっしゃるのです。
当時別姓派(殆ど女性)の集まるblogのコメント欄に「法改正までしなくても、新姓でも旧姓でも個人名でも、その人が好む呼び方をし合える社会にしたい」と言うようなコメントをした記憶がありますが、誰にも賛同して貰えず民法改正一択、だった記憶が...。ハートブレイク

私は昔イギリスでほんの一時期暮らしたことがありますが、ホントに西洋の人達って呼び方に気づかい合ってるのに感心しまくりました。基本的に愛称かファーストネームなので私には居心地よかったです。イエローハーツ
日本に帰ってから在日(短期)外国人たちから「日本人は名前で呼んじゃだめなの?」と何度か聞かれた事がありました。
それでいろいろ考えたんですが、日本社会がここまで(女性子どもまで)苗字で呼び合うようになったのは戦後の高度成長期以降の事ではないかと?戦前は地域社会は勿論、職場でも(個人経営が多かったので)多くが名前呼びだったと思います。

江戸時代は、庶民は苗字がないか、あっても名乗れませんでしたが、明治になって「平民苗字必称義務令」言うのが発令されて苗字を付けなければならなくなりました。
主に徴兵のために戸籍を整備する必要性があったからです。(最初は夫婦は別姓だった)
当初庶民は(今のマイナンバーの様な?)危機感を感じ、抵抗またはスルーする人々も少なくなかった様です。

私の故郷(範囲は小学校区)も「抵抗派」が多かった様で、今だに江戸時代からの「屋号」が残っていて、むしろ苗字より主になってます。爆笑個人を呼ぶ時は勿論下の名前です。
中学校に入って初めて公に苗字で呼ばれる様になり、なかなか慣れなくてイヤで仕方ありませんでした。
今だに苗字でしか呼ばれない社会、団体はどこか水臭く感じます。(でもそれを結婚改姓後は「夫の苗字が嫌い=別姓派」と勘違いされる事があったので何も言えなくなりました。爆笑)
逆に町からそんな屋号の残る田舎に嫁いだり移住したりした人達は違和感感じ戸惑う様です。

だから私は「お互いに相手が好む呼び方をし合える社会」を目指したいと思ってるんです。(そういや、今ネット社会がそうなってますね。)
話は飛躍しますが、もっと次元が上がると「個人名」すら必要なくなり、個性のエネルギーで認識し合えるそうです。縄文時代初期まではそんな感じだった様ですよ。イエローハーツ

星
苗字(名字)、姓、氏は歴史的にはそれぞれ違う意味がある様ですが、現代ではほぼ同じ意味に使われています。(氏が正式)
星
江戸時代については前の記事に…

11/4追記 高市総理の外交コミュ力がすご過ぎて圧倒されてるんですが、そんな中この別姓問題もほぼ解決した様です。はや!キョロキョロ
選択的夫婦別姓は白紙、通称使用拡大に決定の様です。まあ世間一般に定着するまで年数はかかると思うし、別姓推進派はご不満の様ですが。ニヤリ

皆さんごきげんよう♪

このところ移民問題で日本列島が揺れてます。以前からふつふつしてたのが、アフリカ「ホームタウン」計画で一気に噴出した様で、YouTubeにデモの動画などが上がって来ます。

コメント欄を読んでいると「鎖国しよう!」って声もちょこちょこあるので今回は鎖国について書いてみます。ニコニコ


結論から言うと有史に残る日本の歴史の中でホントに世の中が平和で人々が豊かで幸せだったのは渡来人が渡って来る前の縄文時代と、鎖国してた江戸時代だけの様なので、私も出来るものなら鎖国したいです。爆笑


この事に気づき始めたきっかけとなったのは2010(平成22)年頃にたまたま図書館で見つけた「マインドコントロール」と言う本で、その中に幕末維新に来日した外国人たちの手記の引用があり、本来の日本の姿を知り大変感動したからでした。(引用元は書籍「逝きし世の面影」


後に著者の池田整治氏が顧問をされてた東藝術倶楽部と言うサイトに詳しく載っているのを知り、了承を得て一部ブログに転載させて頂いたのが野鳥ブログのこちらの記事です。
「来日外国人が見た幕末日本」(2014年記)
リンク飛ぶの面倒な方のために一部転載します。ウインク

・「地上で天国(パラダイス)あるいは極楽(ロータスランド)に最も近づいている国だ」  -アーノルド-

・「この地上の天国またその美しい自然」「十分に満足の行くまで描きだすことは、到底私の力の及ぶところではない」 -フィッセル-


・「郊外の美しさはたとえようがない。どこに足を向けようと豊饒ですばらしい景観だった」「四周の情勢が変わりさえすれば、こんな美しい国で一生終わりたいと何遍思ったことか。・・・これらの地に住む人々こそ、地球上最大の幸福者であるとさえ思われた」  -ベルク-


・「誰の顔にも陽気な性格である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと融け合う。彼等は何か目新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原で物珍しいものを見つけてじっと関心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている」  -パーマー

~~キューン

以上引用終わり(詳しくはリンク飛んでね)

⭐️⭐️
それにしても一体いかにしてこの様な平和で素晴らしい国造りが出来たのか・・と思いつつ月日は流れ、後2020(令和2)年に「縄文を創った男たち」と言う本を読みました。
織田信長主役のSF小説なので、信じるも信じないも読者次第なのですが、私にはこれが長年求めていた答えの様に思えました。ひらめき電球

この本によると鎖国(と言う言葉はまだなかったが)を本気で考え始めたのは織田信長だった様です。宣教師(実はスパイ)のルイス フロイスが信長に謁見し敬服し、フロイスは国を乗っとる手口を信長に全て話したのだそうです。びっくり
最終的に信長は天下を目前に本能寺で死んだふりして表舞台から消え、後を百姓出身の羽柴(豊臣)秀吉に任せました。秀吉亡き後は徳川家康がその志を継ぎました。(明智光秀含め皆グル)
鎖国政策が完成したのは1639(寛永16)年三代将軍家光の時なので、信長&フロイスの会見から70年くらいかかった訳です。

だから「また鎖国しよう!」と言ってすぐ出来るものではないですが...と言うか、あちらも再びそうさせない為の策をこの150余年の間に手を変え品を変えやって来ましたからこの案は限りなくムリっぽいです。泣

幸いフロイスの様な「この国には手を出したくない」と思ってくれた心ある来日外国人は幕末維新の時も少なくなかった様だし、今も日本のために警鐘を鳴らして下さってる親日外国人の皆さんの存在が救いではあります。(移民大国の国々からしたら日本はまだこれでも楽園らしい...キラキラ)

「縄文を創った男たち」は「日本列島から日本人が消える日(2018年初版)」と言うSF系歴史本(チャネリング本)の中の、戦国時代に焦点を当てて書かれたものです。
「日本列島~」には古代からの渡来人(外国勢力)の日本乗っ取りの手口や現代の移民問題にも触れられ、住み分ける(波動領域を変える)方法が書かれてました。
コロナ禍前に出た本なので、当時はブログで紹介しても反応はいまいちでしたが、今ならピンと来る事もあるかも知れません。ニヤリ
完了

(日本初の女性与党総裁が誕生した日)

関連過去記事
伊豆の下田で幕末日本を偲ぶ


追記 チャネリング情報によっては織田信長悪人説もあります。(むしろこちらの方が多いカモ?)
チャネラーの交信相手の次元や考えの違いでしょうかね~。どれを信じるかは読者の目ひらめき電球次第って事でよろしくご了承願います~💕
皆さんこんにちは。以前私、ネットで話題になっていた「フラットアース」に関するこんな記事を書きました。
 
地球は丸くなくて平面だと言うトンデモ説があるので、たまに意識的に体外離脱(幽体離脱)する私は自分で確かめてみよう!と思ったのですが(笑)地球の全貌が見える程の高さまでは行けなかった・・と言うお話でした。爆笑その後そのトンデモ説の事は忘れていましたが、昨夜ふと思い出す様な事がありました。💡
 
表に出て夜空を見上げたら月が出ていて、周りには雲がかかっていました。そして、どう~~見ても雲の前に月がある様に見えるのです。私のデジカメではうまく撮れなかったのですが、双眼鏡で見るとしっかりその様に見えるのですよ。月面のクレーターもバッチリ。キョロキョロ
 
 
ズームしたら月面がよりはっきり写りましたが、周りの雲は写りませんでした。チュー
 
この現象も地球平面説を唱える人(フラットアーサー)達がよくネタにしている様です。月も太陽もホントはうんと近くにあるんだよ,と。
これは月の光が強すぎて、前にある雲が薄い場合消されてしまい、あたかも雲が月の後ろにある様に見える(=目の錯覚)と言うのが一般論です。
 
以前太陽も見た事がありました。夕方待避所のない高架道路を運転中で停まるに停まれず、写真は撮れなかったのですが、Youtubeにそっくりな映像が出てたのでお借りしました。
 
雲の中に沈む太陽

 
さて、皆さんはこの現象をどの様に思われますか?ウインク
 
PS  検証はわりと簡単に出来そうです。(コメント返信参照)
フラットアース画像、素材集からお借りして追加しました。(「月」書き込み管理人)
 
画像追加 10/6 撮影
ふと外に出たら中秋の名月が出ていました。満月 最初前回同様月の後ろに雲が流れている様にしかと見えてましたが・・キョロキョロ
 
厚くて黒い雲が増えて来て、月の前を流れて行ったので、結論はやはり後ろに見える理由は「薄い雲は月光に消されてしまうため」と言う事でしょうね。キョロキョロこの後月はすっぽり雲に隠れました。
(関東在住のフォロワーさんもほぼ同時刻にこの月を30分程見ておられたそうでびっくり同じ見解のメールを頂きました。)