「続・続・最後から二番目の恋」
第4話~人生に恋する
ためにここにいる
成瀬) あの実は…ああ…吉野さん
に、謝らなきゃいけないことが
ありまして。
千明) 謝る? 私にですか?
成瀬) あの…私10年前に、
妻を亡くしてまして。
千明) はい。
成瀬) で、あの…愛していたという
かその…。世界一、きれいな人だ
と思っていまして私、妻のこと。
千明) へぇ…すごい。
成瀬) ホントに、最高の奥さんでし
てね。その…。あっすいません。
何が言いたいんだか全然分からな
いですよね。あの…。これ、妻の、
写真です。
千明) あっ、すいません。はい。
えっ?
成瀬) あ、すいません。
驚きますよね? 似てまでしょ。
千明) はぁ…自分で言うのも何で
すけど、はい。似てますよね。
成瀬) ちょっと前に、江ノ電に乗っ
てるあなたを偶然見かけたんです。
あの…自転車で走ってて。そうし
たら、江ノ電の中の、あなたが見
えて。
千明) へぇ~。
成瀬) バカですよね。医者なのに、
一瞬あの…生きてたのか!とか
思ってしまって。でも、ホントに
そっくりだったんで。
千明) ああ…そうだったんですか。
成瀬) いやそうしたら、吉野さん
が、診察にいらして。驚きました。
千明) そっか。
ああ…そういうことだったのか。
成瀬) あの…変でしたよね? 私。
挙動不審っていうか。あの…あん
まりじろじろ見ると変に思われる
といけないと思って、見ないよう
にしてたんですけども、あの…つ
い見てしまうみたいな、そういう…。
千明) なるほど。
成瀬) 不愉快でしたよね。
ホントに、すいませんでした。
他の病院とかクリニックとか、
紹介しますので。
千明) ウフッ…あれですかね?
先生は、鎌倉生まれ、
鎌倉育ちですか?
成瀬) ええまあ…そうですけど。
千明) フフッ…。鎌倉男子っていう
のは何かそういう…何ていうか、
その…真面目で正直、みたいな感
じなんですかね? 女性に対して。
成瀬) いや…それはどうでしょうか。
千明) いやそうでしょう。鎌倉男子っ
てきっとそうなんですよ。フフフ…。
成瀬) 鎌倉男子…。
千明) はい。
ああ…先生は、あれですか?
私の顔見るのが、嫌ですかね?
悲しいこと、思い出したり
しちゃうとか。
成瀬) いやいや、そんなことはない
です。悲しい思い出なんてのは一つ
もないですから。命を落とす順番が、
そうなっただけのことで。はい。
千明) ふ~ん…そっか。そういう、
愛される人生っていうのもあるん
ですね。いいな~。かかりつけ医、
先生が嫌じゃなければ、お願いし
ます。通ってもいいですか?
成瀬) 嫌じゃないですか?
妻に似てるとか言われて、
こんな、じいちゃんに。
千明) 何言ってるんですか!
光栄ですよ、光栄。でもあたし
先生があたしに、気があるんじ
ゃないかと思ってました。
成瀬) いやいや…。
千明) フフフ…。
成瀬) すいませんホントに。
ホントにごめんなさい。
千明) ウフフ…。顔は、似てまし
たけど、性格とかは?
成瀬) 全然違います。
千明) 早いな返事。
成瀬) ああ…すいません。
千明) いえいえ。
先生、一緒に写真撮って
もらってもいいですか?
成瀬) えっ?
千明) 私、長野出身なんですけど、
何か母親が手紙をよこしてきて、こ
の年で、独身でいる娘が、心配でた
まらないという内容だったんですけ
ど。ウフフ。何か言葉で言ってもな
かなか信じてもらえないので、こう
して、写真を撮って、こんなところ
でこんなふうに幸せに暮らしてるよ
っていう、そういう報告をしたくて。
いいですか?
成瀬) どうぞどうぞ。
千明) こんな素敵な、かかりつけ医
の先生を見つけました~! はい!
(シャッター音)
**********
伊佐山) 私の後継者になって下さい。
鎌倉市長に立候補しませんか?
もうすぐ市長選です。私も随分長い
ことやってきまして、次はないなと
思っていまして。後継者はいないも
のかと思っていたんです。そして長
倉さん、あなたしかいないという結
論になりました。
和平) あっ、いや…でも私は…。
伊佐山) ストップ。黙って。すぐに
返事をするのはやめてください。
どうせあなたのことですから、「と
んでもない」「私なんかそういう人
間ではないですから」「人の前に立
つようなタイプではないし、無理
です無理です」などという、つま
らない返事をすぐにするんでしょ
うが…そうですよね?
和平) つまらないって言われると
あれですけど…ええまあ。
そうです、私、あの…。
伊佐山) 返事は、そうですね、
例えば…5月29日にしましょう。
私そこまで返事は受け付けません。
和平) しかしあの…私…。
伊佐山) 時間を置いても変わらないっ
ていうことですよね? それでもです。
それでもそこまでちゃんと考えて悩
んで下さい。いいですか、 長倉さん。
和平) はい。
伊佐山) 自分で思っている自分と人か
ら見た自分は、必ずしも同じではあり
ません。私はこれでも、鎌倉のことは
心から大切に思っています。そんな私
が、あなたがいいと言ってるんです。
そこにはちゃんと理由があります。鎌
倉市長だからです。例えば、国会議員
とか、神奈川県知事にあなたを推薦し
ようなどとは全く思いません。無理で
す。鎌倉のために困るのが、鎌倉市長
の仕事です。
和平) うん? 困るのが仕事?
伊佐山) そうです。あなたに向いてる
と思いませんか? 困るというのはね、
誠実で愛があることなのだと、私は
思うのです。不誠実な人は、困りま
せん。困っているふりをしているだ
けです。でもあなたは違う。いつだ
って、真剣に困っている。それにね、
長倉さん。なかなかあることではな
いと思うんですよ。市長にならない
かって誘われるって。まずは、それ
を、誇りに思ってください。そして、
期待されているという時間を、ちゃ
んと味わってください。断るにして
もです。少し世界が違って見えるは
ずですよ。お願いします。
和平) はい、ありがとうございます。
分かりました。市長がそのように、
思ってくださってるってことを、き
ちんと受け止めて、じっくり考させ
ていただきたいと思います。でも市
長、5月29日って、市長のお誕生日
でしたよね? それには何か意味が?
伊佐山) なかなかその日は断りにく
いかと思いまして。「お誕生、おめ
でとうございます。実はちょっと
…」とはなかなか言いにくいかと。
和平) えっ、そんな理由で?
伊佐山) 二者択一、どちらを選ぶか、
楽しみにしていますよ。
和平) 立候補するかしないか。
伊佐山) ではなく、市長に立候補
するか、私と結婚するか。
和平) 何でその2つなんですか?
伊佐山) ウフフフ…。
**********
千明) また何か困ったことでも
あったんですか?
和平) 私そんな顔してました?
千明) ん…そうでもないですね。
でしょう? ハハハ…。
あっそうだ、鎌倉男子。
うかうかしてらんないっすよ。
和平) 何ですか? その…
鎌倉男子、うかうかって。
千明) あの…世界で、一番きれいだ
と思ってる人に、そっくりだって
今日言われちゃいました。だから
うかうかしてらんねえぞって話。
和平) 何ですか。
千明) フフフ…だってそれって、
世界で一番きれいだよって言っ
てるようなもんじゃないですか。
和平) いやそうはならないん
じゃないですか?
千明) 何で?
和平) どなたか知りませんけど、
世界で一番きれいなのは、その
誰かであって、吉野さんはそれ
に似た人ですからね。
千明) まあね。
和平) だからまあ、最高位でも、2?
だって似てるってだけの話ですから。
それ以下ってこともありますよ。
だから52位、65位、1152位…。
千明) ムカつくな、このおっさん!
和平) 何ですかおっさんって。
(よろける千明)
和平) 危ない、危ない! 危ない!
えっ!? 大丈夫ですか?
千明) びっくりした…。
大丈夫じゃないですよ!
何か道が悪いんですよ、所々。
直してくださいよこういうの!
和平) 私に言われたって
しょうがないでしょ…。
千明) だって、鎌倉のためにこんな
に長く働いてきたんだから、いっ
そのこと、鎌倉市長にでもなって
直してください、こういうのを!
和平) えっ?
**********
万理子) 千明さんが悪いわけでは、
みじんもないのでございます。
あの…私が、至らないだけで。
千明) 分かんない。えっ、
至らないってどういうこと?
万理子) 私はあの…千明さんが、やり
たいとか、面白いと思ったことを、
それをこう形にしていくことその一
点におきましては、あのもう…ある
種のひょっとしたらこう、力を発揮
することができるのかもしれません。
でも…。私個人にやりたいとか、
やってみたいっていうことは…。
まったくないのでございます。
皆無なんです。
千明) そっか。うん。
分かった。ごめんね。
万理子) いや、あの…千明さん私は、
そんな自分に誇りを持っております
し、恥ずかしくなんて、ないんでご
ざいます。あの…それに、落ち込ん
だりしてるわけでもありません
千明) ホントに?
万理子) はい。ただ…。
ただ…。何でしょうか…。
原因不明の、涙が出てしまうのです。
何が悲しいのか、さっぱり、
不明なのでございますが。
涙が流れてしまいます。
千明) ねえ。あんたさ、
それ成長してるんだよ。
万理子) 成長ですか?
千明) うん。あたしのことが好きで、
で、あたしの期待に応えようと、あ
んたは一生懸命頑張って、力を発揮
したじゃない。それで才能が、開花
した。最初の動機は、きっとそうだ
ったんだよね。でもいつのまにか成
長してるんだよ。自分のために、書
きたいという、そういう気持ちが、
潜在意識の中でむくむくと、成長し
てるんじゃないのかね。わ~万理子。
万理子はあたしという親から、親離
れしようとしてるのかもしれない。
うわ~偉い偉い。すごいすごい。
万理子) 嫌です。嫌です。だとしたら
私は嫌です。そんな成長などしたく
ないです。断固拒否です…。
千明) 万理子、ちゃんと聞いて。聞い
て聞いて。成長っていうのはさ、し
たくてするもんじゃないの。勝手に、
しちゃうものなのよ。生きてれば。
だから、止められないの。
万理子) 嫌です! 嫌です!
成長して千明さんから、離れる
くらいなら、嫌です! 嫌です!
千明) よしよし…。かにばさみ
しちゃうぞ。かにばさみ!
万理子) 嫌です…。嫌です…。
やっと…やっと生きる理由を
見つけたのに…。(泣)
千明) 今すぐあたしのそばから離れ
ろなんて言わない。安心して。よし。
こんなふうに考えればいい。こんな
ふうに。いつか、万理子に、書きた
いことが、生まれて、で、それを私
が、うわっ、面白いじゃん!って言
った時に、形にする。うん。それな
ら楽しそうじゃない?
万理子) は…はい。
千明) いっぱいいっぱい悩んで、成
長すんの。で、いつか、心の成人式
を迎えるんだよ。フフッ…そん時は
一緒にお祝いしようね。
万理子) ありがとうございます。
千明) 今日は2人でいっぱい泣いち
ゃおっか。サブスクでさ、泣けるっ
て評判の作品見てさ、ガンガン泣い
ちゃおうぜ。涙活だよ涙活。
万理子) るいかつって何でしょう…。
千明) 涙の活動だよ。
万理子) 活動ですか…。
**********
(からまったコードを置くゴミ
の中に置いて去っていく優斗)
えりな) 困るんだけどな。
ゴミ捨て場じゃないんだけど。
(振り向く優斗)
優斗) ゴミをアートにしてるん
じゃないの?
えりな) えっ? そうだけど。
全部そうできるわけじゃないし。
優斗) 役に立たないゴミも
あるってことだ。
えりな) そんな…。
(捨てたコードを拾い、
去っていく優斗)
(優斗を追いかけるえりな)
(コードをそっと奪い、小さく
会釈してから戻っていくえりな)
優斗) ありがと。
**********
万理子) 何年か…何十年かに一度く
らいでしょうか。典姉が怒って説教
することがありまして、それはそれ
は怖いのです。お兄ちゃんも泣いた
ことがあるぐらいで。
千明) 嘘でしょ!?
和平) ホント。1回だけ1回だけ。
千明) へぇ…。
万理子) 何と言いましょうか、普段
の言動がほぼ間違っておりますので、
その正しさがより浮立つといいます
か、説得力が半端ないという…。
典子) どういう意味よ?
えりな) へぇ、見たことない。
正しい典姉?
典子) おい!
千明) あ~見たい、正しい典姉。
早く思い出して怒ってよ。
典子) ちょっと…何だっけ…。
千明) 頑張れ頑張れ。
典子) いや~何だったけなぁ…。
誰だったか…。
**********
典子) そうだ!真平!!
真平) えっ?
典子) そこ座んなさい。
和平) 俺じゃねえ、危ねえ。
典子) 早く!
真平) 俺!?
典子) そう。
あんたさ、逃げてんでしょ?
真平) えっ?
典子) 門脇先生亡くなったん
だって? ねえ。
和平) えっ、そうなのか?
典子) 何で言わないのよ私たちに。
あんたが子供の頃からずっとお世
話になってきた人じゃない。何で
言わないのよ。ねえ。
真平) いや…。あ…ごめん、
ちょっと忘れてた。
典子) 嘘つけ! 座んなさい。
奥さんから連絡あったんでしょ?
亡くなったって。葬儀は家族だけ
で済ませたらしいけど、連絡あっ
たんでしょ? 先生から、真平への
言葉があるからって。でもあんた
は行ってない。しかも私たちにも
黙ってる。ハァ…。分かってるよ。
あんたの考えそうなことぐらい。
何か…急に怖くなったんでしょ。
死とか、そういうのが。考えたく
ない。だから聞かなかったことに
しよう。そうなんじゃないの。
違う? どっち?
真平) そうかも。
典子) まず第一に、そういうことは
ちゃんと言わなきゃ駄目でしょ!
絶対に! 人として! お世話になっ
た人に、お悔やみの言葉を言うの
は当然でしょ! どんなにバカでも
アホでも適当でも、そういうこと
はちゃんとしなきゃ駄目でしょ!
違うか? 違うなら言ってみろ!
真平) はい。
典子) 結局ね、あんたこう思ってん
のよ。家族なのに、自分の気持ち
なんて誰にも分からない。私たち
に分からない。そりゃそうだ。わ
かんないよ。でも、私たちは、ず
っとずっと分かろうとしてる!
大事なのは、ずっと分かろうとし
てるって気持ちなんじゃないの?
ねえ、壁つくってんのは真平だよ。
分かり合おうとしてないのは、
真平あんただからね。それが許
せない、私は。がっかりしたよ、
お姉ちゃんは。
和平) 真平。典子の言うとおりだ
な。分かってんだよな、お前も。
真平) うん。
和平) 心配をかけたくなかったって
言うんだよな。いつもこういう時
お前は。それ俺一番嫌だよ。遠慮
なく心配をかけ合えるのが、家族
じゃないのか? 俺は心配をかけた
くなかったって言われるのが俺…
一番悲しいよ。知美ちゃんには話
したのか?
(首を横に振る真平)
和平) バカ野郎! お前自分で作った、
家族だろ! 彼女は! すぐに行って、
ちゃんと話してこい。それで、2人
で門脇先生の奥様にお会いして、き
ちんと、お悔やみを申し上げろ。そ
れで先生が残してくださった言葉を
聞いてこい。それが済むまで、絶対
このうちには入るな! 俺たちは後日、
ご挨拶に伺うから。早く行け!
真平) うん。
万理子) 真ちゃん。ごめんなさい…
双子の私が気付いてあげられなくて。
ごめんなさい…ごめんなさい。
(典子のおなかの鳴る音)
典子) あ~…怒ったらおなか
すいた…。グーだって。
千明) アハハハ…。
和平) 食えよ早くじゃあ。
典子) ああ…。
和平) 早く典子。
典子) あ~おなかすいた!
千明) まず食べよう。ねっ。
典子) 食べよう。
**********
知美) 分かってんだね、先生も。
自分が命を落としてしまったら、
真平が不安になるんじゃないか
って。分かってたんだね。それ
ばっかり心配してくれてたんだ。
真平) うん。参ったね。参った。
知美) うん。
真平) 生きないとな。ちゃんと。
知美) ねえ。
真平) うん?
知美) 何か…長倉家の人たちに会い
たくなった。市役所休んじゃった
し、もう保育園お迎え行ってさ。
ナガクラに。みんなで。
真平) おう。
みんなに何か晩飯ごちそうするか。
そうだね。おわびも含めてね。
真平) ああ。
**********
前略、吉野有里子様。
お母さん、私は元気だよ。
59歳で一人で生きてる娘
が心配なのは、分かる。
分かるし、私だって考えると
不安なこといっぱいある。
でもね、私、
結構幸せだと思うんだ。
こんな人たちに囲まれて、
ちゃんと生きてます。千明。
**********
ここに来て初めて千明の母親が登場。
そういえば、千明のバックボーンっ
てあまり語られていない気がする…。
まあ、実際自分も親も元気なうちは、
親のこととかあまり考えないしね~。
自分が60代、親が80代あたり、いろ
いろ気になりだすって感じかもね…。
千明も、長倉家の人々も、それぞれ
にセカンドライフを考えざるをえな
くなっていて、いろいろと刺さると
いうか…一緒に考えさせられてしま
うよ。そういえば、心の成人式は…
いつだったんだろう? なんて思うw
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