プレミアムドラマ「奇跡の人」第１話

プレミアムドラマ
「奇跡の人」

第１話
亀持一択（峯田和伸）は毎日を怠惰に生きるだ
けの、なーんにもないダメ男。ところがある日、
偶然出会った鶴里花（麻生久美子）に恋をした。
花には目と耳に障がいを持つ娘・海（住田萌乃）
がおり、住む家を探して困っていた。一択は自分
のアパートの大家・風子（宮本信子）に部屋を貸
してやって欲しいと頼み込む。そして、海に世界
の事を教えてやりたい、海にとってのサリバン先
生になりたいと、人生初の無謀な挑戦を始める。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

馬場）　しかしあれだな～一択。
一択）　ん？
馬場）　俺最近思うんだけどさ…。
　　　やっぱこの世界、腐ってるよな？
一択）　俺も実はね、
　　　最近そう強～く思ってるよ。
馬場）　やっぱり？だよね。
一択）　手ごわいよね、世界ってやつは。
馬場）　そこなのよ。俺もさ、「この腐った世
　　　界と闘うために、何をすべきなのか？
　　　俺は」って、ずっと考え続けてる訳よ。
一択）　でも馬場ちゃん、詩人じゃん。
馬場）　まあね。
一択）　うん。
馬場）　でも、9年近く書けない訳さ。
一択）　うん。
馬場）　まあ、半端なものは書きたくない
　　　ってのもあるんだけど。でもさ～
　　　こんだけ書けないってのはさ、違う
　　　じゃないか？詩人じゃないんじゃな
　　　いかって、ここ２年くらい思ってる。
一択）　分かる。分かるな～それ。
　　　すっげえ分かる。だから、
　　　発想の、転換も大事だよね。
馬場）　大事大事。
　　　撤退するのも、勇気だからね。
　　　一択は？どうなの？音楽は。
一択）　いや、何だろな～。俺は音楽を愛し
　　　てるんだけどね。音楽は俺に興味ない
　　　みたいなんだよね、どうやら。…って、
　　　気付くのに10年くらいかかったけど。
馬場）　あるもん、相性って。
一択）　うん。だから今は、模索中。俺、もう
　　　名前さ、「一択」やめて、「模索」にしよ
　　　うかなと思って。亀持模索。どう？
馬場）　いい。
一択）　でしょ？
馬場）　模索？
一択）　うん。
馬場）　何か…文学っぽい。
一択）　文学？
馬場）　あっ、あのさ、模索って名前もらっても
　　　いい？何か…何書くか分かんないけどさ、
　　　ペンネームっぽくって、いいなと思ってさ。
一択）　マジで？うわ～そっか～。あっ、でも、
　　　馬場ちゃんの頼みならいいよ。
馬場）　本当に？
一択）　いいよ。
馬場）　ありがとう、一択。
（女性客を意識する一択）
一択）　いいよね、女の子は。かわいくて。
馬場）　いい。だってさ、女の子がいるから、
　　　世界に意味があるんだからさ。
一択）　俺ね俺ね、男ってのは、女の子を守る
　　　ために生きてるんじゃないかって思うん
　　　だよ。
馬場）　真理だね、それは。
一択）　でしょ？でもさ、俺はほとんどの
　　　女の子を愛してんのに、ほとんどの
　　　女の子は俺を愛せないみたいよ。
馬場）　きついね、それ。
一択）　うん、きつい。まあ、でも、いるとは
　　　思うんだけどね。俺を待ってる女の子が。
馬場）　いるよ。いるよ。
　　　いるんじゃない？ねっ。
一択）　やっぱね。しないとね。恋はね。
馬場）　守るべき人を見つけるって事はさ、
　　　世界との闘いの、一歩な訳だからさ。
一択）　あ～出たね、結論が！さすがだね！
　　　乾杯しよっか、もう一回。
馬場）　うん、しよう。

ここまででお分かりとは思いますが、
この男、かなりダメな男です。
名前は、亀持一択。
亀持なんて何だか縁起もいいし、
一択なんて潔い名前ですが、
縁起は、全然よくない。
全く、潔くもない男なのです。
人生で、まだ何も成し遂げていない。
いや、何もしていないのに…
鼻毛はもう白髪。

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一択）　うわっ、きた…
　　　いきなり恋した。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

花）　とりあえず死ねば？
一択）　うわ～守りてえ。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

ご覧のとおり、
ダメなだけでなく、
バカな一択。
そして、バカほど、
叶わぬ恋をする、
生き物なのであります。

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それどころではなくなると思うので、
今のうちに、なぜ、こんなダメ男が
出来上がってしまったかを、
お知らせしておきましょう。

これは、一択の少年時代です。
かつてはこんなに
かわいい少年だったのにねえ。

それでも幼いうちは、
うまくやれない自分が悪いのだと、
一択少年は思っていました。

でも、この頃になると…
悪いのは自分ではなくて、
この腐った世界だと思うように
なってしまいました。
まあ、よくあるパターンではあります。

そして、唯一の友は、ロック。
実によくあるパターン。
でもこの頃はまだよかった。
負け犬ながらも、世界とは闘っていた。

そして、この頃になると、
世界との関係を、この男は
すっかり、諦めていました。

かっこよく言うと、
まるで、風のように…。

簡単に言うと、何もせず、
何も考えずに、漂っていました。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

（回想）
ばあちゃん）　一択。
一択）　何だよ。何？
ばあちゃん）　おめえ
　　　　　このままでいいんだんが？
一択）　そんな事言ったってさ…。
ばあちゃん）　一択。
一択）　何？
ばあちゃん）　東京さ行け。
一択）　えっ？やだよ。
ばあちゃん）　４万8000円ある。
　　　　　行けっぺ東京。
一択）　いや、でもさ、ばあちゃん。
　　　東京さ行ってどうすんのさ、俺。
ばあちゃん）　普通は逆だ。孫が東京さ行く
　　　　　っていうのを、止めんなんが田舎
　　　　　のばんちゃんだ。探へ、東京で。
一択）　俺…やりたい事とかよ、夢とか、
　　　そういうの、嫌いなんだよね、俺。
ばあちゃん）　やりてえ事なんかなくていい。
一択）　えっ？
ばあちゃん）　自分にできる事探へ。
　　　　　何かあっぺ。
一択）　目標小さくない？
ばあちゃん）　何でもいい。どんげなちっぽけ
　　　　　な事でもいい。おめえにもできる事
　　　　　何かあっぺ、何か。
一択）　だったら、ここで…。
ばあちゃん）　一択。
一択）　…はい。
ばあちゃん）　一度でいいから、誰かの役に
　　　　　立つ事をしろ。それ、見っけてこい。
　　　　　それができたら、初めて、生まれて
　　　　　きた意味がある。それ見っかんねえ
　　　　　ば、そん時は…。死ね！

という訳で、東京へ出た、
一択である訳ですが…。

いまだに、できる事すら
見つけられないでいる。
いえ、探す事も、
忘れてしまっているのであります。

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そして、もう一人の主人公、
花についても、
紹介しておきましょう。

彼女の人生は、
不幸との、闘いの歴史でした。

花は幸せな女の子でした。
見た目も、普通の子より、
明らかにかわいく…。
その、笑顔の美少女は、
ご近所界隈では、奇跡の美少女など
と言われたりしたらしいです。
ところが…

（父親の遺影）

花が泣かなかった。
可哀想な母を、
何とかしなくてはいけないと、
思ったのであります。
自分がいい子でいれば大丈夫。
この時の花は、
まだ信じていたのでありました。
ところが…。

（母親の遺影）

さすがにこうなると、
何かこれは違うんじゃないか。
おかしいんじゃなかろうかと、
花は思いました。
何なの、これは。どういう事？

花は思いました。
おかしいだろ？
これ、どう考えても。
納得できない。
このままじゃダメだ。
闘うしかない。世界は私の事を
忘れてやがるんだ。冗談じゃないし。
革命の瞬間です。

花の不幸との闘いの、
スタートであります。

恐ろしく絵に描いたような、
ヤンキー誕生であります。
やれやれ…。
でも花にとって、そこは
自分の居場所となったのです。

何をやっても、
絶対捕まる事のない花を、
仲間たちは、
奇跡の花、と呼んでいました。
余談です。

花は恋をしました。
初めての恋。
男の名前は、アホの正志。
アホだが、心の底から、
いいやつでありました。
でも、圧倒的に、アホでした。

（回想）
正志）　は…花。
花）　あ？
正志）　見て。
（「花命」と彫られた刺青を見せる正志）
花）　あんた、アホだね、正志。
　　まだつきあってもいないじゃん。
　　どうすんの？それ。
正志）　あっ、そうか。
　　　俺、花のためやったら死ねるし
花）　つきあってもいないし！
正志）　ほな、つきあおうぜ。
花）　おう。

やがて２人は結婚。
そして、待望の赤ちゃんが誕生。
女の子でした。名前は、海。
それはそれは幸せな花でありました。
だが、花の試練は、
終わる事はなかったのです。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

（回想）
花）　どういう事？耳も目も口も
　　不自由って、何それ。
　　そんな訳ないじゃん。
医師）　残念な事なんですが、
　　　そうなんです。
正志）　何やねん、それ！
花）　ふざけんな！それでも医者か！
　　治せよ！治せよ！何とかしてよ！
　　かわいそうだろ、海が！
　　何だよ、それ…。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

更に、ひどい事に…

（回想）
花）　何それ…。
（「つかれたご面」と書かれた置き手紙）

「ご面」の「面」の字が間違っているのが、
花を更に、絶望的な気持ちにさせました。

そして、現在に至るのであります。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

一択）　あの。いや…彼女、その…。
花）　そうだよ。分かったでしょ？
　　この子は目が見えない、耳が聞こえ
　　ない、しゃべれない。それが何か？
一択）　いや…。
　　　ヘレン・ケラーみたいですね。
花）　そう言われるのが
　　一番腹立つんだけど！
　　この子はこの子だよ！
　　何とかみたいとか言うな！
一択）　すいません…。そうですよね。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

風子）　じゃあ、こうしよう。
一択）　はい、そうします。
風子）　まだ言ってない。甘えるな。
一択）　はい。
風子）　一択青年。
一択）　はい。
風子）　君が出て行きなさい。
一択）　はい。えっ？
風子）　そうすれば問題なし。
一択）　ああ、いや…あの…。
　　　分かりました！そうしましょう！
花）　えっ？ちょっと、何それ。
一択）　いや、いいんです。大丈夫です。
　　　こんなの、何とかなりますから。
　　　はい！フフッ。フハハハ！
風子）　ハハッ。いいねえ。フフフフ。
　　　面白い。
一択）　面白くはないですよ。
風子）　１階の奥に、使ってない、
　　　物置みたいな部屋があるでしょ。
　　　一択青年には、それで十分でしょ。
　　　決まりだね。
一択）　えっ？
風子）　アハハハ！
一択）　よかった～。よかった～！
花）　かわいそうだからとか、そういうの
　　やめてほしいんだけど。続かないし。
　　どうせそういうの。
風子）　大きなお世話だね。
花）　えっ？
風子）　この子はね、
　　　私の子供みたいなもんなの。
　　　やだけどね、こんなの。
　　　「大家といえば、親も同然。
　　　店子といえば、子も同然」ってね。
　　　昔はそう言ったんだ。
　　　このね、何にもない、全く何もない
　　　この男。自分の主張みたいなものが、
　　　何もない。すっからかんの、でくのぼ
　　　うみたいなこの子がさ、初めて、頼み
　　　事をしてきたんだ。だから、その頼み
　　　を、聞かない訳には、いかないの。
　　　どうする？あなたが嫌だって言うなら、
　　　こっちは別に、どうしても来てほしい
　　　訳じゃないし。
花）　あっ、そんな…。本当にいいの？
　　あっ…いいんですか？
風子）　決めたなら、あなたは店子。
　　　子供も同然。気に入らないからと
　　　いって、突き放したりはしない。
一択）　…って事は、彼女は孫ですね。
風子）　そういう事じゃないんだよ！
一択）　すいません。
花）　ありがとうございます。
　　よろしくお願い致します！
　　遅くなりました。私は、鶴里花。
　　この子は、海。７歳です。
風子）　そう、７歳か。学校は？
　　　海ちゃんみたいな子は、
　　　どこに通ってんの？盲学校？
　　　それとも、ろう学校？
花）　あっ…いえ、学校には…。
風子）　そうか。海ちゃんか。いい名前だね。
花）　でも、この子には、海って何なのか分
　　からないですから。海どころか、何も分
　　からないんです。ここが、人が住む家だ
　　っていう事も分からない。その意味も分
　　からない。自分が触ったものに名前が
　　ある事も、この子は知らない。
一択）　物に名前が、ある事も、知らない…。
風子）　でもいつか、分かる時は来るんだろ？
　　　この世界の事。海の事も、あなたの事も。
花）　はい。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

福地）　ただ、軽く考えない方がいいと思いま
　　　すよ。大学の授業で、盲ろうの子供につ
　　　いてのビデオを見た事があります。
風子）　あっ、福地君はね、東大生なの。
　　　エリートなの。将来は国をしょって
　　　立つのよね。
福地）　ええ、しょいます。
佳代）　うわ、感じ悪っ。
福地）　えっ？
一択）　あっ、続けて下さい。
福地）　盲ろうの方は、光と、音が失われてい
　　　るんです。想像できますか？僕にはで
　　　きませんね。コミュニケーションが制限さ
　　　れ、情報も制限され、永遠に続く、静か
　　　な夜が広がってるだけとでもいいますか。
風子）　で？
福地）　まだ何も分からない彼女に、何を、
　　　どうやって教えるのか。支える側も、
　　　相当な根気と、思いがなければとても
　　　できる事ではありません。24時間目を
　　　離す事もできない。施設に預ける方も
　　　いると思います、それも無理のない事
　　　なんです。盲ろう障害の方は、日本に
　　　２万人いると言われていますが、今の
　　　福祉行政では、ほとんど何もできてい
　　　ないというのが現状です。
佳代）　な～んか偉そう。
福地）　えっ？
佳代）　言うだけで何もしない政治家みたい。
　　　い・ら・つ・く。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

一択）　あの…お願いがあります！
　　　花さんは、今までどおり、昼間仕事
　　　行って下さい。その方がいいと思う
　　　んです。仕事した方が。…で、その
　　　間、僕が海ちゃんといます。
花）　はあ？
一択）　僕は、夜のバイトします。
　　　入れ代わりで。
　　　そうしたら海ちゃん一人じゃないし。
　　　お願いします。そうしたいんです。
　　　僕は、一緒にいる間、海ちゃんに、
　　　いろんな事を教えたいんです。
　　　この…世界の事。
花）　何言ってんの？
一択）　精一杯やります！
　　　やらせて下さい。海ちゃんと。
花）　だからさ、ふざけないでよ！
　　可哀想だとか思って浮かれんな。
　　そういうの勘弁して。
　　どうせ最初だけなんだから。
　　投げ出すに決まってんだから！
　　海育てるの、どれだけ大変だと
　　思ってんの！？
一択）　大変でも…投げ出さないです！
　　　命を懸けます！
花）　はあ？
一択）　田舎出る時、ばあちゃんに言われた
　　　んです。やりたい事なんかなくていい。
　　　できる事を探せって。一度でいいから、
　　　一生に一度でいいから、誰かの役に立
　　　てって。海ちゃんと花さんの役に立ちた
　　　いって思いました。だから、やらせて下
　　　さい。お願いします。僕は、こうやって
　　　ちゃんと何もかも与えられてんのに、逃
　　　げてばっかりの人生です。でも海ちゃん
　　　は、たくさん奪われてんのに、できない
　　　事だらけなのに、暗闇と沈黙の中で世
　　　界と闘ってる。世界を知ろうとしている。

　　　海ちゃんはすごいです。すごいです！

　　　海ちゃんに負けたくないんです！

　　　だから、やらせて下さい。　
　　　お願いします。

花）　意味分かんない。何なの？

風子）　やらせてやれば？この男、本当に、

　　　ほかにする事何にもないんだから。

一択）　お願いします！
花）　（ため息）
一択）　やった～！やったぞ～！

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

バカで、何も考えてなさそうなやつが、
いきなり、まっとうなことを、
熱く、まっすぐに、
そして下手くそな言葉で訴えると、
なぜだか、胸を打つものです。
人によってはそれを、
ロック、と呼んだりするらしい。
でもロックとは、基本、荒々しいもの。
つまり、ずさんなものであり、
計画性やら現実性とやらは、無縁のもの。
…で、どうするのという事は、
何も考えていないものなのです。

この男、いつか奇跡を
起こしてくれるのでしょうか。

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ネット上の評判から、ずっと見たかった「奇跡の人」。